Ichika -carré- | ナノ


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「上まででいいって言ってんのに」

「いーんだよ、ちゃんと家まで送ってやんねーとまた神楽たちにうるさくいわれんだからよ」


昇降機の前まででいいと何度も繋がれた手を離そうと試みたのだが、ガッチリ握られた右手を放してくれることのない銀時は、結局手を握ったまま昇降機に乗り込み地下へと降りていた。こんな姿月詠や百華の連中に見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。だが、必死に離そうと力を入れてみてもビクともしない。


「ねぇ、放してくんない」

「あー?んーでだよ、放したらまたお前どっか行っちまうじゃねーか」

「行かねーよ!私は犬か!」

「…もう離さねェって決めたんだよ。何があっても」


不意に低く響いた銀時の言葉に、心臓がきゅっと縮こまった。こんな他愛もない話をしている時にそんなトーンで、そんなこと言うなよ。なんて反応していいのかわからなくなる。どんどん頬が熱くなるのを感じたところで、意地悪そうに笑う銀時の表情が視界に入った。


「なーに照れてんだよ」

「て、照れてねーよ!死ねよ」

「すんげェ顔赤いけどォ?ねェねェなまえちゃん、何で照れてんの?」

「うるせーな照れてねー!つーかなまえちゃんて呼ぶのやめろ!」

「けっ、素直じゃねーの」


むぅと口を尖らせる銀時から目をそらしてあからさまにはぁっとため息をついて肩を落とした。繋がれた手から伝わる熱を感じるだけで、胸が苦しくなる。そりゃ私だって繋いでいたいのが本音だけれど、一応私だって立場ってもんがあるんだよ!!


「せめてお前ってバレないように下向いて歩いてくんない?あ、その髪じゃ無理か?」

「あァ!?」

「私も顔隠すから!だってこんな手ェ繋いでご帰還なんて絶対あいつら指差して笑うもん!」

「顔隠しても無駄だし、そんな心配いらねェと思うぜ」

「…へ?」


その言葉に首を傾げて銀時を見上げれば、銀時はちらりと私を見てから優しく微笑んだ。あまりに優しいその笑顔に、私は思わず目を細めてしまった。もう銀時のそんな顔を見ることが来るなんて、思ってなかった。何でもないたった一瞬の笑顔にこんなにも目が奪われてしまうなんて、私もいよいよ焼きが回ったな。なんて自嘲気味に笑みを作ったと同時に、昇降機が地下に辿り着いた。そして扉が音を立てて開いた瞬間、目に飛び込んできた光景に私は思わず言葉を失ってしまった。



「なまえ、携帯は直りんしたか?」


昇降機の扉が引いた先、吉原の門の入り口で私たちを出迎えたのは月詠、そしてその後ろに膝をつき頭を下げる百華の団員たちだった。なんで、とようやく絞り出た言葉もうまく声に出せていたかどうかわからない。それほど私は素直にこの光景に驚いていた。パクパクと口を開きながら咄嗟に銀時を見上げれば、銀時はまた先ほどと同じように眉を上げながら優しく笑った。すぐに月詠に視線を戻せば月詠もにっと口角を上げて私を見つめた。


「神楽から連絡がありんした」

「神楽が…?」

「ぬしの笑顔が戻ったと聞いてな。こやつらが居ても立っても居られぬと言うから、皆で待っておったのじゃ」

「…そう、なの…?」


「…と言うのは、…建前じゃ」


私から目をそらして、少しだけ悩むような素ぶりをする月詠から目を離すことができずに黙って言葉を待てば、また私に視線を戻した月詠が眉をゆるりと八の字に下げた。



「わっちが、ぬしの笑顔を一番に見たかったんじゃ…」


見る見るうちに歪み出す月詠の瞳から大粒の涙が流れたところで、私も溢れ出す感情を抑えることが出来ずに銀時の手を離して月詠の元へと駆け寄った。


「月詠…」


小さい身体をこれでもかと抱きしめれば、同じように抱きついて私の胸に顔を押し当てて涙を流す月詠に私も流れる涙を止めることが出来ない。


「ごめんね、…月詠、ごめんね…っ」


…ごめんね。たくさん心配かけたよね。それなのにずっと何事もなかったように気丈に接してくれてたんだね。私のことを一番に考えて、私に負担がかからないようにと接していてくれてたんだね。


「よかった…なまえ、本当に、よかった…っ」


月詠の言葉に団員たちも頭を下げながら鼻をすするような音を立てるものや、堪えきれずに肩を震わせるもの、目元を拭うものの仕草が視界に入り私の涙は更に溢れ出した。


「…みんな、待っててくれて、ありがとう…」


副頭ァ!と声を上げながら一人の団員が私たちに駆け寄ったのを皮切りに次々とこちらに集まってきた団員たちに私と月詠は涙を流しながらも驚き、思わず笑ってしまった。

…団員たちもずっと私に気を使って生活してくれてたんだね。世話のかかる副頭でごめんね。いつもいつも頼ってばかりでごめんね。お前らのおかげで、私はここまでこれたんだよ。…ありがとうね。

私たちを見てやれやれといったような表情で見つめる銀時を気にもとめずに皆で泣きながらも笑顔で抱きしめ合った。

月詠に百華、吉原という町。
私はここがなければ生きていけない。例え銀時がいたとしても、この者たちが欠けては何も意味がない。本当に心の底から大切な場所。大切な私の宝物なのだから。




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