Ichika -carré- | ナノ


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キィ、と音を立てて背もたれから背を離し、少しだけ前屈みになった銀時はそれでもこちらを振り返ることなく、何か言葉を選んでいるように見えた。私もそんな銀時から目を離すことなく、足を止めたまま黙って続く言葉を待った。


「お前は、……俺じゃ、…ダメなんだよ」


ようやく聞こえてきた言葉は、絞り出したような随分と小さな声。頬を伝う雫を静かに拭って、思わず眉を顰めた。…何で、私たちはいつもこうなんだろう。たくさん遠回りして、やっと幸せになれたはずだったのに、何でまたダメになっちゃうんだろう。こんなにも、…こんなにも銀時のことが好きなのに。


「俺が前お前に言ったこと、覚えてる?」

「前に、…言ったこと?」

「俺がお前の何もかも、背負ってやるって言ったの。…もう覚えてねーか」


…覚えてるよ。忘れるわけないじゃんか。…つい先ほどまで何もかもを忘れていた私がそんなことを言っても、説得力の欠片もないかも知れないけれど。でも私がその言葉で、どれほど心が軽くなったか、満たされた気持ちになったか、その時の感情はまるで昨日のことのように思い出すよ。


「俺、お前のこと護ってやりてェって思ってた。お前が月詠を、吉原を護りてェって気持ちの分だけ、俺がその分お前を護ってやりたかった。そう、できてるつもりだった」

「…」

「だけど、この前の清猫組んとき気付いた。全部俺の勘違いだったって。俺はお前の何もかもを背負ってやりてェって思ってたのに、お前は俺すらも背負って生きようとしてることに気付いた」

「…」

「お前の弱いとこ全部、受け止めるはずだったのに。知らないうちに俺は俺の弱さをお前に悟られてたんだって。お前なんかより、俺の方がよっぽど弱ェ人間だって気付いちまったんだよ」


銀時の言葉に、私はふるふると首を横に振ってみても銀時はこちらに背を向けている故、それが無意味なものとだとわかっていても、私は言葉を詰まらせながら涙を拭った。…そんなことない、そんなことないよ。


「俺はお前を絶対ェ幸せにするって、そう誓ってた。付き合うことになったときも、この前の惚れ薬んときも、何度もそう誓った。でも、俺みてーな心の弱い人間がお前みたいな女を幸せにできるなんて、そんなんただの夢物語なんだよ。俺が弱いせいで、お前に今以上に負担をかけちまう。荷を増やして生きづらくさせちまう。それじゃ何も意味ねェんだ。…俺はお前の拠り所になってやりたかったのに」

「…っ…」

「……だけど、俺じゃお前を支えるには役不足だったみてーだな」

「……っ、なんで…」


震える銀時の声に乗せられた心情はあまりに弱々しく、情けなく、儚いものだった。銀時がこんなにも弱音を吐くことが、今まで一度でもあっただろうか。少なくとも私は一度も見たことがない。自分勝手で強欲で人の気持ちなんてそっちのけの王様みたいな男。そんな男をここまで弱くさせる原因は、紛れもなく、…私だ。


「…何で、ダメなの。…何で弱かったら、ダメなの…」

「…俺はもう、俺のせいで悲しむお前のツラを、俺の弱さのせいで傷つくお前を、見たくねェんだよ…」

「…そんな理由で私から離れるの…?」

「…」

「そんな選択で、本当に私が幸せになれるとでも思ってるの…?」



またすぐに口を閉ざす銀時に、私は少し俯いて涙を拭った。銀時の本心はとても重たく、簡単に笑い飛ばせるようなものではない。自分自身の弱さとの葛藤。その所為で自分の大切にしているものが壊れるなら、手を引くべきだと。それがきっと弱い自身にできる唯一の方法。…でもそんなのはあまりにも自分本位だ。私のことなど少しも考えてくれていない。私の本心など、少しも。



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