Ichika -carré- | ナノ


▼ 2/4



開け放った先、視界に入ってきたのは普段から社長椅子と宣う椅子に腰をかけ、こちらに背を向けている銀髪頭。まるで私がくることをわかっていたかのように、驚く様子もこちらを振り返る様子もない銀時の後頭部を見据えながら、私は静かに居間の戸を閉めた。


「銀時」


大きくも小さくもないトーンでそう呼びかければ、心なしか銀時のピクリと肩が揺れたように見えたが、結局振り返ってくれる素振りもないのだからそれは杞憂だったのかもしれない。銀時は私の呼びかけに返事をすることも、アクションを起こすこともない。勝手に押し入った私でさえも、この先に何を続ければいいのかわからない。ただただ静かな時間が流れた。


「…帰れよ」


沈黙を破ったのは、銀時のそんな冷たい一言だった。私は先ほどの銀時と同じように、その言葉に何も返すことはできなかった。…正直なところ、その言葉にショックを受けたからだ。約ひと月ぶりにまともに聞いたであろう銀時の声に乗せられた気持ちを読み取ることができずに、私はただ立ち尽くしたまま相も変わらずこちらを向こうとしない銀時の背を、ただ見つめていた。


「頼むから、帰ってくんねェ」


何も言わない私に更に追い討ちをかけるように、面倒臭そうにそう言い放つ銀時に、私は視線を落とした。やはり銀時は、私のことが嫌いになってしまったのかもしれない。こんなに冷たい言葉を吐きかける銀時を、私は知らない。息ができずに頭がくらくらする。先ほどまで気にならなかった足首が思い出したように痛みを訴え出して、思わず奥歯を噛んだ。


「オイ、帰れって…」

「好きだよ」


銀時の言葉を遮るようにハッキリとそう言い放った私に銀時は少しだけ反応を見せた。こちらを振り向くことはなかったが、今度ははっきりと肩を揺らしてそこで言葉を止めた。私はすぅ、と小さく息を吸って言葉を続けた。


「私、銀時のことが好き」


今更何を、と自身でも思う。それなのにその言葉を口にした瞬間、また一筋の涙が頬を伝った。折角ここにくる前に止めてきたと言うのに、それを皮切りに止めどなく流れる涙を堪えることができない。


「銀時が、…私のこと嫌いになっても、私は銀時のことを嫌いにはなれない。…ごめんね、…っ」

「…」

「私、人並みに幸せになれるって勘違いしてた。だけど、そんなわけないよね。…地雷亜に然り、清猫組然り。…こんなに汚れた私を、誰かに愛してもらおうなんて、…そんなバカな話ないよね」


一言一言、嗚咽を交えながら吐き出す言葉は自身で思うよりも、ずっとずっと重たかった。私みたいな女が幸せを掴むなんて、そんなのは夢物語。わかっていた。だけどそんなことを忘れてしまうほど、銀時から与えられる愛で私はたくさん幸せだった。たくさん笑わせてくれて、楽しませてくれて、時には喧嘩して泣いて、怒って。そんな言葉にすると何でもないような日々が、私には本当にかけがえのない日々だった。


「お前に会うのが怖くて、突き放されるのが嫌で、…だけど、それでも私は銀時の手を離したくないの。ごめんね、私全然ダメなの。…お前のこととなると、どうしても強くいられないの。…諦められないの」

「…」

「どんなになっても、縋ってたいんだよ…」


ぐしゃぐしゃになった視界を必死に拭いながら、まだこちらに背を向けたままの銀時に、私の心は悲鳴を上げだした。ねぇ、こっち向いてよ。何とか言ってよ。もう、ダメなの?やっぱりもう、私のことを嫌いになっちゃったの?もうその瞳に私は映らないの?もう、私に笑顔を向けてくれることはないの?ねぇ、銀時。…銀時。


「…銀時、…お願い、こっち向いて」


足を引きずりながら、ゆっくりと銀時の元へ近づこうとしたとき小さく聞こえてきた、情けないほどに震えた声。私は思わず足を止めた。


「…俺、…ダメなんだよ」


歪んだ視界の中、銀色の髪が陽に当たってキラキラと光って見えた。それがなぜかとてつもなく心を暖かくさせて、私はその場からそれ以上動くことなく銀時の言葉を待った。




prev / next
bookmark

[ back to main ]
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -