▼ 背を向けるアイツ 1/4
「…ごめんね」
神楽と新八に支えられ、すぐそこまで迫った万事屋までの道を歩きながら私は小さくそう呟いた。
「気にすんなヨ、しおらしいなまえなんてなまえじゃないネ」
「そうですよ。なまえさんらしくないですよ」
「…お前らん中の私ってどういうイメージなわけ」
少しも気にしていない様子の二人は、次いだ私の言葉に笑顔を浮かべてまるで楽しいことでも打ち明けるように指を立てながら私にその笑顔を向けた。
「口悪くて、男っぽいアル」
「料理も苦手だし、お酒ばっか飲んでるし」
「銀ちゃんに似てるアル」
「銀さんに似てます」
「待て、悪口なら聞きたくねーんだけど!?」
「あとネー、胸が小さいアル」
「オイ神楽、それイメージと関係ねーだろ、しばくぞ」
「…でも、いっつも明るくて、一緒の空間にいるといつも楽しくて」
「みんな、なまえの笑顔が大好きアル」
そう笑う神楽と新八の笑顔が、とても優しくて。少しも嘘やお世辞を言っているような言い振りではなくて。私は思わず口を噤んでしまった。ったく、こんな不意打ちあるか。…あー、やばい。また泣きそうだ。
「銀ちゃんも、なまえのことが大好きネ。いっつもなまえの話ばっかしてるアルよ」
「銀さん、なまえさんの話してる時、鼻の下伸ばしていつもデレデレしてるよね」
「そうネ!だらしない顔がもっとだらしない顔になってるアル!」
「でも、僕なまえさんの話をしているときの銀さん、好きなんです。普段はあんなにだらしなくてやる気もないのに、なまえさんの話をしてる時はいつも嬉しそうな優しい顔してるんですよ、ねぇ神楽ちゃん」
「暑苦しいんダヨ」
そこまで聞いて、私は思わず足を止めてしまった。俯いたまま黙り込む私の視界にの端に心配そうな二人の顔が映った。ぐっと下唇を噛んで、必死に今にも溢れ出しそうな涙を堪えるように大きく息を吐いた。そして二人の肩から腕を外し、そのそれぞれの小さい頭にぽん、と手を乗せて笑顔を作った。
「ありがとう。でもあとはあのバカ社長から、直接聞くことにするよ。…二人に頼みがあるんだけど、いーい?」
私を見上げながら首を傾げる二人に、袂から財布を取り出してそれを新八に手渡した。
「銀時とは、ちゃんと仲直りする。約束するよ。だから今日の夕飯は私のおごりですき焼きにしよ!その具材買ってきてもらえる?…黒毛和牛、好きなだけ買ってきていいから、ね?」
子供扱いされていることに少しも不満を上げることなく、二人はぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。すぐに神楽は「太っ腹アル!」と私の胸に飛び込んできて、新八も嬉しそうに私の財布を受け取った。
「万事屋には一人で行くから。さ、頼んだよ」
もう一度ぽんと二人の肩を叩けば、二人はすぐに私に背を向けて駆け出して行った。それを見届け辿り着いた万事屋。階段へ向かった私を待っていたのは、そういえば姿がなかったなぁ、なんて思っていた愛らしい姿だった。
「定春」
階段から降りてきた定春は私の元まで駆け寄って、舌を出しながら私の横にお座りをした。その愛らしい顔を両腕で抱きしめれば、これでもかと顔を舐められて、思わず苦笑いを浮かべる。
「定春、お前にもご馳走食べさせてあげるからね」
私の言葉がわかっているかのように、ワン!と一言鳴いて神楽たちの後を追うように私がきた道を駆け出した。私はゆっくり階段を上りながら、うるさく律動する心臓を静める方法を考えていた。おまけに息苦しいし、緊張で喉がカラカラに乾いている。こんな気持ちになったのは、いつ振りだろうか。初めてだと言っても、過言ではない。階段を登りきり、玄関先に立った私はこれでもかというほど大きく酸素を吸い込んで、大きくそれを吐き出した。
「…よし」
そう小さく呟いて、数回玄関のガラス戸を叩き、返答を待たずにその戸を引いて、万事屋へと足を踏み入れた。
…今更、何を恐れることもない。
…それでも、やはりまだ、怖いのだ。
銀時が私に向ける瞳が、私の知らないものになっていたらと思うと、胸が張り裂けそうになる。だけど、もう逃げないと決めた。ちゃんと向き合うと、決めたのだから。
勝手に上がり込んだ居間の戸を、心配事を掻き消すように勢いよく引き開けた。
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