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「…土方、…沖田…、なんで、…?」
煙草片手に呆れたようにこちらを見下ろす土方に、面白いものでも見るかのような好奇の視線を寄越す沖田。私は二人を見上げながら、小さくそう溢した。眉を顰めて私の着物の襟の辺りをぐわっと掴んだ土方はそのままズルズルと私を引いて歩いた。
「お前みてーな図太ェヤローが町中でビービー泣きべそかいてんじゃねェよ、気持ち悪ィったらありゃしねェ」
「…いっ!……ちょ、何、…痛い!ケツ!ケツ擦れて痛いんだけど…っ!」
「姐さん、その様子じゃ記憶戻ったんですかィ」
「…え?」
「ったく人騒がせなヤツらだな」
相変わらず遠慮なく私を引きずり歩く土方よりも、沖田の言葉が引っかかって私は思わず声を上げる。次いで心底呆れたような土方の声に私は言葉を止めた。…何で私が記憶をなくしてたことを知ってるの?そう浮かんだ疑問を察したように、土方は足を止めて着物を掴んでいた手を離せば、私はゴンッと音を立てて地面に頭をぶつけた。…いてーな、このヤロー。と、悪態をつこうとしたものの、天を仰いでいた私の視界いっぱいに広がるには見慣れた顔。その赤縁眼鏡の女が不機嫌そうに私に手を差し伸べた。
「…いつまでそうしてんのよ」
「……猿飛」
「…ほら、早く」
こちらに差し出された手を掴むとぐいっとそのまま引っ張られた。私の腕は猿飛の肩に回され、肩を組むような形で私を引きずり歩く猿飛に、言葉が浮かばない。…そういえばいつだか猿飛が屯所に来て、月詠と言い合いをしていたような気がする。その時に言われた言葉を思い出し、私はぐっと下唇を噛んだ。
「…猿飛、」
「今更謝られたって、許したりなんてしないわよ」
「…」
「あんたのこと、…どれだけの人が心配したか…っ」
うまく歩けない足を引きずりながら、私は私の肩を担ぎ歩く猿飛の顔を見上げた。その瞳に滲んでいる涙を見て、私の胸はひどく痛んだ。
「…ま、俺はカケラも心配なんざしてねェが。テメーがそんな調子だとあのバカも静かで俺らとしては大助かりだ。…だが」
「…?」
「旦那が静かだとここいらもめっきり静かになっちまって、退屈になっちまいまさァ」
「…お前ら…」
「二人の言う通りよ。あなたがいつまで経っても銀さんのこと忘れたままだから、その隙にと思って銀さんのところに行ったのよ。そしたら、…なんて言われたと思う?」
前を歩く土方と沖田から視線をまた猿飛に移して、私はわからないと言う風に首を振れば猿飛は自嘲したように眉を下げて笑った。
「『いいよ』って、言ったの…」
「…え?」
「いつもはどれだけ私がアタックしても少しも靡いてくれなかったのに『もうさっちゃんでも、誰でもいい』って。その時の銀さんの顔、今でも忘れられない。ボロボロに傷ついた捨て犬みたいに悲しそうな顔でそう言ったの。…私思わず引っ叩いちゃったわよ」
「…」
「だってひどいじゃない。少しもそんなこと思ってないくせに、女の子に向かってそんなこと言うなんて。…少しもなまえのことを忘れてなんかいないくせに、そんなこと言うなんて、…ひどいじゃない。だから言ってやったの。『そんな銀さんこっちから願い下げよ』って」
「…猿飛」
「…ねぇなまえ、わかるでしょ。あなたしかいないの。銀さんを悲しませるのも怒らせるのも、喜ばせるのも。全部…あなたにしかできないことなのよ」
猿飛の静かな声が耳に届いて、私はまた性懲りも無く頬に涙が流れた。月詠や全蔵だけでなく、猿飛にもこんなにも迷惑をかけていたなんて。真選組の二人も悪態こそつけど、まるで励ますようなその言葉たち。胸が苦しくて、息ができない。私と銀時のことを、こんなにも思ってくれている人がいたなんて。ずっと鼻を啜りながら俯く私を真選組の二人は呆れたように振り返り、猿飛は小さく笑った。
「なまえーーー!!!!!」
突然背後から自身の名を呼ぶ声が聞こえて、私たちは足を止めた。聞き覚えのある声。次いで「なまえさーん!!!」と名前を呼ばれたところで振り返れば、全速力でこちらに向かってくる二人組に私は思わず頬を緩ませた。
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