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強く瞑った瞼の裏に目まぐるしく映し出される映像の数々。
ひのや。我が家。地上の団子屋に、地雷亜。携帯を買った日やバレンタイン。ふぁみれすに病院に、惚れ薬。ホストクラブに初めて乗った電車に桜並木に老舗旅館。性別が変わったり、弁当を作ったり。海にも行った。
走馬灯のように断片的に映し出される思い出と思わしき映像の数々。その全ての映像の中に映る、一人の男。私はかち割れそうなほどに酷くなる頭痛を耐えながら蹲り頭を抱え込んだ。
…知らなくなんて、ない。
そうだ。私知らねー連中に攫われて監禁され暴行されたんだ。悲しかった。悔しかった。それでも私には何か護りたいものがあった。何に代えても私が大切にしていたもの。
…何でこんなに大事なことを、私は。
私は必死に何かを求めていた。ずっと、何かを探していた。それは夢の中だけではない。この現実の世界で、ずっと探し求めていたものがあった。
忘れるはずなんてない。
ふわふわとした白髪の髪の毛。
豊かな表情に、心地の良い低い声。
私の手を引く大きな手のひらに広い背中。
ちゃらんぽらんでだらしがなくて。
それでもたまに見せる男らしさが魅力的で。
優しくて人思いで向こう見ずで、バカな男。
『なまえ』
「……銀時……っ」
…私はずっと、お前を探していた。
突如として舞い戻ってきた自身の記憶に追いつけるはずもなく、私は人目も憚らずに声を上げて泣いた。なぜ、忘れてしまっていたのだろう。あんなに愛していたはずなのに。あんなにも大切にしていたはずなのに。私はどれほどまでに弱い人間なんだろう。だがすぐにその疑問は解消された。清猫組との一件の後に起きた出来事。銀時に突き放されて、この手を離されてしまった。そしてきっとそのことが原因で私は壊れてしまった。それ以上に傷つくのを恐れて、全蔵を恋人だと思い込み、坂田銀時という人物をそっくりそのまま、記憶の奥底へと蓋を閉めてしまいこんでしまった。その日からどれくらいの時間が経っているのか見当もつかない。ただ私は壊れた心で、またも月詠や全蔵に迷惑をかけながらこの偽りの日々を送っていた。それが、どれほどまでに皆の心を蝕んでいたかなど、知る由もない。
皆に会って早く謝りたい。いつも迷惑ばかり、面倒なことばかり起こしてしまってすまないと謝りたい。
そしてそれ以上に私は、銀時。…お前に会いたい。
ずっとお前の笑顔に会いたかった。忘れてしまってからもずっとお前の笑顔を探してた。あんな夢を毎晩見るほど、私は心の底からお前に会いたかった。
だけど、それと同時に蘇るあの日の出来事。
『今のお前を抱くことはできねェ』
『少し距離を置かねェか』
銀時はこうなる前に自ら私の手を離した。となると、もう銀時の中で私はもう何でもないのかもしれない。汚れている私の手をもう握ってくれないのかもしれない。
銀時の方こそ私のことを、もう忘れてしまっているかもしれない。
そう思うと途端にまた胸が苦しくなる。私はきっと自分自身がこうなることを恐れてその原因諸共蓋をしてしまったのだ。銀時を失うなど耐えきれるはずもないと、防衛本能が働いて結果的に銀時を封印することで自身の心を保とうとした。だとするなら、私はもう銀時に会える理由などないのかもしれない。銀時に会うことで、また自身が壊れてしまうのなら、もう。
「オイ、泣き声が公園の入り口まで響き渡ってたぞ。子供たちがビビって逃げちまったじゃねェか」
突然背後から聞こえてきた声に私は大きく肩を揺らした。ゆっくりと声のする方を振り返りぐしゃぐしゃの顔を上げれば、ふっと呆れたように笑う男の姿に私の涙腺は更に緩み出した。
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