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さっきの男は一体何者だったのだろうか。からくり堂へ 向かいながらもぼんやりと先ほどの出来事を思い出していた。端正な顔立ちをしていながら殺意丸出しのまるで獣のような男だった。だがその口から出た言葉は背中を押すともとれる何とも言い難い肯定的な言葉だった。壊しに来た、なんて言っておきながらちっともそんな素振りを見せない不思議な男だった。何か知っているような気がするんだよなぁ、あの雰囲気。暗い過去でも背負っているような何とも言えない独特な雰囲気。それを表に出さないその魂の強さ。どこかで…。
「あ、ここだ」
不意に視界に飛び込んで来た「からくり堂」の看板。ふぅ、と深呼吸をして開け放たれた戸から店内を覗き込んだ。
「ごめんくださーい」
あちこちヘンテコなカラクリが転がっている店先に立って私は少しだけ張り上げた声を投げかけた。奥からガタガタと音が聞こえる。「ちょっと待ってろー」なんて声が聞こえて、私の心臓は少しだけ律動が早まる。それにしてもからくりのジーさん、名を平賀源外。どこかで聞いたことがあるような、ないような。何だか最近本当にそんなことばかりだ。曖昧な記憶の中を泳いでいるような変な感覚。
「おう、待たせたな」
「いえ、…あの」
「携帯電話だろう?服部のボンから預かってたヤツ。ちゃんと直しといたぞ」
奥からヒョイっと顔を出して私の顔を確認するなりまた奥へと引っ込んでしまったジーさんをきょとんと見つめればふと疑問が浮かぶ。何で顔見てわかったの?なんて思いかけたものの、待ち受け画面を見れば一目瞭然かとすぐに思い直した。背の低いジーさんはこれまたヘンテコなゴーグルをつけたまま私の携帯を片手にこちらへ近づいてきた。
「それにしても真新しい携帯だってのに、綺麗に真っ二つになってたぞ。そんなに腹の立つことでもあったのか?」
「…あぁ、…そうですね、あはは…」
覚えていないなんて言えるわけもなく、曖昧に、笑って見せた私に携帯を差し出すジーさん。ジーさんがにかっと笑って発した言葉の意味が、すぐに理解ができなかった。
「まぁ銀の字が恋人ってんなら、そりゃ腹立つことも多いだろうなァ」
は?と声を上げた私の肩をバシッと遠慮なしに叩くジーさんに文句一つ言えずに手渡された携帯を受け取れば、眉を上げてまたジーさんは笑って見せた。
「随分見せつけてくれるじゃねェか」
「…は…?何の話…?」
ジーさんが言っていることの意味がわからず聞き返せば、それだよ、と言わんばかりに顎をしゃくって携帯を差す。途端に動悸が激しくなって、呼吸がままならなくなる。私は促されるままに、携帯を開いた。そこに映し出されていた液晶に映る待ち受け画面は、私が想像していたものとは違うツーショットが映し出されている。
「お前さん、銀の字の彼女なんだろう?」
不意にジーさんの声が遠くに聞こえた。いや正確にはすぐ目の前にいるはずのジーさんの声が耳に入ってこない。こちらに向かってピースを向ける笑顔の私の隣にいるのは、全蔵ではない、銀色の髪をした男。私の頬にキスをしている何とも微笑ましい写真であることに間違いはないのに、私の背中には冷や汗が流れた。この男、この前病院にいた…。
『俺のことは坂田でいいよ、…副頭』
その瞬間猛烈な頭痛が私を襲って、思わずそこに蹲った。突然のことにジーさんが私を心配するような声が聞こえる。だけどそれに答えることができないほど、頭の中が今にも爆発しそうなほどの痛み。思わず唸り声を上げながら、今にも気を失ってしまいそうになる。
「…オイ、大丈夫か?どうしたってんだ!?」
「大丈夫…何でもない……ジーさん、携帯ありがと…」
その痛みを振り切るように立ち上がって、心配そうな表情を向けるジーさんに踵を返して私はその場を駆け出した。
何が何だかわからない。なぜ、あの男が私の携帯の中に?それどころか仲睦まじく私の頬にキスをしていて、私はその写真を待ち受け画面にしている。どういうこと?ねぇ、月詠、どういうことなの…?
耐え難いほどの頭痛に襲われながらも、私はその足を止めることができなかった。もう少しで何かに近づける気がする。ここで止まるわけには、いかない。
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