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あれからまた眠りについたらしい私は、目を覚ましても気持ちは晴れないままぼんやりと支度をしていた。頭から離れない、夢の中の誰かもわからないアイツとその涙。そして私を呼ぶ声。…何度考えてもわからないし思い出せそうにない。その上起きてからというもの鈍痛が頭の中に響いていて、気分が優れない。化粧台に映る自身の顔は恐ろしいほど生気がないし、目の下のクマもすごい。…本当に呪われてんのかな。お祓いにでも行こうかな。
「…あー、頭痛い…」
重たい身体を奮い立たせて、部屋を飛び出せば私を照らす陽の光に思わず目を細めた。…私は何かを忘れているのだろうか。それとも本当に何でもないただの夢なんだろうか。それにしてはあまりに気分が沈んでしまう。だがこれ以上悩んだところで夢は夢。重たい頭を振ってどうにか気分を上げようと気持ちを持ち直した。
「おはよ、月詠」
「なまえ。おはよう…ってどうした?顔色が悪いぞ」
「んー何かあんまり体調良くないみたいなんだよねぇ」
屯所に着くなり普段通り何も変わらない月詠に声をかければ、こちらを振り向いた月詠は大袈裟に心配してみせた。何でもないように装いたかったが、やはりそれほどの気力すらも残ってはいない。素直に眉を下げて笑えば月詠はさらに心配の色を深めた。
「…何か、ありんしたか」
「んー特別そういうわけじゃないんだけど。まぁ思い当たる節はあるなぁ」
「…何じゃ?言ってみなんし」
「また、夢見てさ」
前にも話した雨の中の知らない誰か。そいつが泣いていて、私はそれがすごく悲しくて。笑っていてほしくて。抱きしめられれば、また心が穏やかになった。そして最後に名前を呼ばれたところで夢が終わった。…そう昨晩見た夢の話を掻い摘んで話し「やっぱり呪われてんのかなぁ」なんておちゃらけて月詠に笑顔を向けた瞬間、私は月詠の顔を見て思わず固まってしまった。
「…月詠…?」
「……」
「何で、泣いてんの…?」
月詠は目を見開いたまま大粒の涙を流して私を見つめていた。私の言葉にハッと我に返ったようにその涙を拭いながら慌てて取り繕ってみせた。
「…何でもありんせん…すまぬ」
「何でもなくねーじゃん、どうしたの。最近月詠なんか変だよ」
「…」
「月詠?」
「…なまえ、わっちは、ぬしを信じておる」
唐突な月詠の言葉に私は思わず、へ?と間抜けな声をあげてしまった。真剣な眼差しで私を見つめ返す月詠の表情には少しも冗談の色はない。つられて私もその瞳を見据えれば、月詠は眉を顰めながらまた一筋涙をこぼした。
「…先ほど服部から連絡がありんした。携帯の修理が終わったと。…ぬしにそれを取りに行ってもらいたいんじゃ」
「…え?…うん、いいけど…」
「そこに、全てが詰まっておる」
「…全て?」
月詠は自身の頬に流れる涙を拭って、私の手をぎゅっと握りしめた。突然の出来事に私の脳の理解が追いつかない。ただならぬ雰囲気におちゃらけることもできずに月詠の言葉の意味を必死に理解しようとした。
「ぬしが最近感じておる違和感の正体じゃ」
その言葉に私はハッとした。気のせいじゃなかったんだ。この数週間、月詠や百華そして全蔵に対するこの違和感は、やはり何か理由があったんだ。妙にその言葉が胸にすとんと落ちて、むしろ安心してしまった。ここ最近の自身の不調。そしてこの焦燥感に喪失感。ちゃんと理由があったのだと、安心した。
「ぬしには辛く悲しい真実かも知れぬ。じゃが、わっちはぬしを信じておる。必ず乗り越えられると」
「…ちょっと待ってよ、何もそんな大袈裟な…」
「行ってみればわかりんす。どう転んでも、きっと何もかもを知った方が、ぬしのためじゃ。…そして、あやつのためなんじゃ」
月詠に地図を渡されて今すぐに地上へ向かうよう諭された。月詠の尋常じゃない雰囲気に押されたのもそうだが、何より今までの違和感の理由がわかるならと、私は地図を片手に吉原を飛び出した。
「…ぬしならきっと、…きっと大丈夫じゃ」
そう月詠が祈るように呟いていたように感じた。
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