Ichika -carré- | ナノ


▼ 雨と涙と団子とアイツ 1/2



また、この夢だ。

そう頭ではわかっているのに私はまた手足を動かすことが叶わずに、ただ呆然と立ち尽くしたまま大粒の雨に打たれていた。真っ暗闇に包まれて、ただ立ち尽くす。寒い。手足がかじかむ。何度も見てきた夢。同じ景色、同じ感覚。

それでもやはり、私は何かを探している。焦燥感に苛まれながら、心の底から何かを求めている。だけどそれが何なのか、どこにあるのか、知る由も無い。胸が苦しい。うまく息ができない。そして次に訪れる出来事を、私は嫌という程理解している。


『・・・、・・』


こちらに手を差し伸べる人物。やはりあの夢だ。そう心の中で呟いた。そしてまたいつもの通りその手を握れば心が満たされるような感覚に陥るのだろう。そう思っていた。それなのに差し伸べられる手に自身の手を伸ばすことができない。今までだったらその人物が現れた途端、手足の自由が効いたというのに、今日に限ってピクリとも私の身体は動かない。

不意に、あることに気付いた。
私は雨に打たれ、凍えながら助けを求めていると思っていた。寒い、誰か暖めて、この暗闇から掬い出して。そう思っていたはずだった。…違う。私はそんなことをしてほしかったわけじゃない。変わらず手を差し伸べるその人物の顔は見えないし、声も聞こえない。誰なのかもわからないのに、私は何となく気付いてしまった。

…その人が涙を流していることに、気付いてしまった。

私はその事実がとてつもなく悲しくて、切なくて、必死に声を上げようとその手を握りしめようと自由の効かない身体を奮い立たせた。私はあんたに笑っていてほしい。そんな顔をしてほしくはない。そんな顔をしないで。そんな悲しげな顔を、私に向けるのはやめて。


『…そんな顔、しないで…』


ようやく絞りでた声があまりにも弱々しくって、笑ってしまいそうになる。それでも私は必死に身体を動かした。あんたにそんな顔は似合わない。あんたの笑顔は何物にも代え難いほど愛おしくて、何よりも癒される。


『…ね、笑って……』


次の瞬間勢いよくその人物が私を抱き寄せた。強く、壊れそうなほど強く私を腕に抱くその人物に、私は心の底から安堵している。何度も見てきた夢だった。何の進展もなく毎回同じように始まり同じように終わる。何も解決することもなく、また同じ夢を見る。だけど、今日は違う。私がずっと何を探していたのか、やっと見つけた。


『…なまえ…』


私はずっと、あんたの笑顔が見たかったんだ。




・・・・・・



「……っ!!!」


勢いよく起き上がった私は、大きく肩で呼吸を繰り返した。先ほどまで見ていた夢が、頭から離れない。それと同時に息苦しくて、悲しくて切なくて。色々な感情が次から次へと私の心の中でせめぎ合っている。一体何なの。何で毎日あんな夢ばっか…。と、不意に頬に感じたものを拭えばとめどなく流れる涙に、私自身が困惑している。


「…何、……」


直感的にあの人物は全蔵ではない。だが紛れもなく男。地雷亜?鳳仙?…否、違う。わからない。私の名を呼んだ聞き覚えのある声。とても心が穏やかになるような、不思議な声。とてもよく知る人物な気がしてならない。でも、誰?わからない。…わからない。

まだ薄暗い空から覗く月明かりが部屋に差し込んで、私をおぼろげに照らしている。先ほどまで夢の中で誰かに抱きしめられていたせいか、身体に自身以外のぬくもりを感じているような、変な感覚に私は首をかしげた。……ていうか、全蔵帰ったんだ。とにかくこの焦燥感に溢れた気持ちを落ち着かせようと、起き上がり台所へと向かった。冷蔵庫に手を伸ばそうとした時、見慣れないものが私の視界に映る。おもむろにその見慣れないビニール袋に手を伸ばした。


「…なにこれ、………団子?」


ビニール袋の中に入っていたのは、紙に包まれた数本の団子。…これは、全蔵が?…あ、そうか、アイツうちに来るときにいつも買ってきてくれてたもんな。…いつも?全蔵が?……何で?


「…っ、……」


次の瞬間、また例によって容赦無く襲い来る突然の頭痛に私は思わずその場にうずくまった。何かがおかしい。私の身体も、私を取り巻く環境も。月詠に百華、日輪に晴太、そして…全蔵。違う。もう一人いる。…もう一人いたはず。そうだっけ?…だとしたら、誰?それが、あの夢のヤツ?でも私の周りに他に誰か……


「…っう、あぁ……っ」


割れる。頭がかち割れる。思い出すことを拒否しているように、警笛が脳内に響き渡るような、壊れそうなほどに襲い来る頭痛に私は耐えられずに枕元に置かれた薬袋の元へと駆け寄った。

痛い。苦しい。誰か助けて。


「……助けて…」


薬を飲み込んだ瞬間、私の脳裏に誰かの顔が浮かんだ気がした。




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