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「…なまえ、目ェ開けて。…俺のこと見て」
閉じられたままの瞼に自身の指を這わせて優しく撫でても、その瞼が開かれることはない。
「なァ、…俺の名前、呼んで」
次に小さく柔らかい唇を親指で優しく押しながら、形に沿ってまた優しく撫でる。それでもその愛しい声を聞くことができない。
「…好きだって、言って…、」
頬に感じた何かに気付かないふりをして、そう小さく呟いた俺はただ子供のように眠るなまえの表情を見下ろした。
「……なまえ、…俺、」
「……ない…で、」
少しだけ眉を顰めて何かを発したなまえに俺は目を見開いてしまった。…起きた?まさか、だってヤローは薬飲ませてるって、朝まで起きることはねェって…
「…そんな顔、……しないで、……」
「…!」
「…ね、…笑って……」
ぽつり、ぽつりと言葉を発するなまえの瞼は閉じられたまま、先ほどのように規則的に呼吸をしている。夢か何かでも見ているのかもしれない。偶然発した寝言なのかもしれない。それでも溢れるものを俺は堪えきれずになまえに覆いかぶさり、細い身体を起こして力一杯抱き締めた。
「……笑えねェよ、…なまえ。…俺はお前がいなきゃ、ダメなんだよ。…笑えねェよ……ッ!!」
起きてしまうかもしれない。それでもいいとさえ思った。それほど強く抱きしめながら、溢れる涙を抑えることができない。
俺はお前がいなきゃ何もできねェ。笑うことも、怒ることも泣くことも。全部お前がいるから。お前がいたから俺の人生はまた色づいた。神楽や新八に出会ってまた何かを背負う覚悟が、何かを護る覚悟がができた。そこにきて初めてこの手で、誰にも渡したくねェ、この手で幸せにしてェ大切なモンができた。それがなまえだった。お前に出会ってから毎日が楽しかった。こんな気持ちになる日が来るなんて、思っちゃいなかった。絶対に幸せにするって思ってた。だけど人間っつーのはどうしようもねェ生き物だ。くだらねェ慢心がどんどんその気持ちを濁らせた。くだらねェ自分の感情ばかりを押し付けて、俺は何もお前のことをわかってなかった。
あの日言ってやればよかった。俺の前で強がるんじゃねェ、と。俺の前では弱っちいお前でいろよ、と。だけど、それすらも傲りだった。なまえを手にしたことで弱くなってたのは俺の方だった。手放したくないばかりに、壊したくないばかりに、俺は何よりも大切なモンを傷つけちまった。取り返しのつかないことをしちまった。…もう二度と、こんな思いをしたくない。こんな思いをさせたくない。俺はなまえの笑った顔が何よりも好きだったんだ。
俺にはなまえを幸せにする資格なんてもうどこにもねェ。
「なまえ、好きだ、…誰よりも何よりも」
抱きしめていた腕を緩めて、力の入っていないなまえをもう一度寝かせれば情けないほど瞳から溢れる雫がなまえの頬に伝い流れ落ちた。
「…なまえ」
静かに寝息を吐くなまえの唇に自身の唇を合わせた。
男勝りで気が強くて、そのくせ無邪気な笑顔が可愛くて。豊かな表情、心地のいい声色に綺麗な紫色の瞳。白い肌、細い腕に細い腰。小ぶりの胸に、小ぶりのケツに髪に匂いに、身体の無数の傷さえも。
なまえを形成する全てが愛おしい。
ねぇ銀時、と呼ばれるのが好きだった。
寝るときは必ず俺の胸に顔を埋める癖が好きだった。
抱いているとき泣きながら俺を求める姿が好きだった。
所構わず絡む俺を嫌がる顔が好きだった。
俺に向けるはにかんだ笑顔が大好きだった。
挙げ出したらもうキリがねェ。
なまえは俺の全てだった。なまえの何もかもを心から愛してた。…違ェ、愛してたんじゃねェ。
「…愛してる…」
今も、今までも、これからもずっと。
例えお前が俺を忘れちまったとしても、俺はお前を忘れたりなんかしねェ。
離れていても、もう二度と触れられなくても。
…ずっと愛してる。
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