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『彼女はお強い女性ですね。叫び声どころか、嫌がる素振りすらも見せない。肝の座った方ですねぇ』
『テメーみてェなヤローが知った口聞くんじゃねェ』
『ええ、確かに知りません。ですが、一つだけわかることがあります』
『…あァ?』
『貴方のような男性に、彼女のような強い女性を受け止めるだけの度量はありません』
『…何が言いてェ』
『そのままの意味ですよ。彼女はあれだけ冷静でいられているにも関わらず、貴方は怒りに満ち溢れひどく感情的でまるで子供のようだ。…貴方では彼女を受け止めることができない。貴方のような心の弱い男性では、いつか彼女を壊してしまうことでしょう』
あの日、猫田とやらに言われた言葉が耳に張り付いて消えてくれない。俺たちの未来を見透かしたような言葉。俺は何度も脳でそれを否定した。俺が一番なまえをよく知っている。アイツのことを他の連中にとやかく言われる筋合いなどどこにもない。誰よりも、なまえを愛しているのだから。…そう思っていた。それなのに俺はアイツの気持ちに少しも気付けずに、弱った心に追い打ちをかけるように傷つけちまった。消えてくれないなまえの泣き顔に断末魔のような悲痛な叫び声。俺は黙って俺の肩を掴むヤローの手を下ろした。
「…俺にはもう、アイツの彼氏を名乗る資格なんかねェ」
「…」
「もう俺じゃ、アイツを幸せにするどころか、笑顔にすることすらできねェ」
「んなこたねェだろ、思い出せりゃまた…」
「またきっと俺はアイツを傷つけちまう」
「…」
「…もう、アイツを悲しませることはしたくねェんだ」
小さくそう呟いた俺に、ヤローはもう何も言葉を返すことはしなかった。その表情は言葉では表現しづらく、俺を説得することを諦めたようにも見えたし、俺を窘めているようにも見えた。その表情から逃げるように頭を下げて、俺はまた小さく呟いた。
「…ただ、一つだけ頼みがあるんだ」
俺のその"頼み"を聞くなり、ヤローはいよいよ呆れたようにため息をついた。
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