Ichika -carré- | ナノ


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「ねぇ」

「ん?」

「…お前、浮気でもしてんの」


俺の胸に顔を埋めるなまえの不機嫌そうな声が耳に届く。言わんとしていることは十分に理解している。要するにきっと「やらねーの」ってことが言いたいわけだ。ジャンプ侍からも聞いていた通り恐らくヤローとはそれこそ猿の如く毎晩身体を重ねていたんだろう。当時の俺だってそうだった。そしてヤローの思い出が俺にすり替わっているとなると、なまえの中での俺はとにかく性欲の塊でしかない猿なわけで。


「俺にはお前さんがいりゃ十分なんだ、浮気なんかするわけねェだろう」


あながち嘘ではないセリフを吐けば、なまえは俺の胸から顔を上げて暗闇の中で俺を見つめている。かと思えば俺の上にのそのそと覆い被さって、眉を下げながら俺を見下ろした。その時のなまえの表情と言ったら、言葉じゃ表せらんねェくらいの色っぽさ。


「…好き、全蔵」


そう言って俺の唇を奪うなまえの柔らかい唇を黙って受け入れた。お頭、俺は嘘は言ってねェ。言った通り手を出しちゃいねェが、これくらいは許してくれ。拒絶しちまえば怪しまれちまう、なんてただの言い訳だろうか。段々と濃厚になっていく舌の動きを察して俺は静かになまえを押し返した。


「なまえ、その前に薬飲んじまいな」

「…もー、平気だっつってんのに」

「偏頭痛も侮ってると怖ェぞ」

「ハイハイ」


そう言ってなまえは枕元に置かれた薬袋とミネラルウォーターを手に取り、プチッと音を立てて薬を取り出しそれをミネラルウォーターで飲み込んだ。その様子を最後まで見届けると、なまえは俺に柔らかく微笑みかけたと同時に、パタンと俺の胸に倒れ込んだ。


「…ふぅ」


俺の胸で寝息を立てるなまえに一先ず安堵のため息を落とした。なまえが飲んだもの。偏頭痛の痛み止めとかなんとか言ってはいるが、本当のところ、その薬は睡眠薬。それもとびきり強力なものだ。あれから医者に頼み込み無理を言って処方してもらったこの薬を飲ませれば、なまえは一分と待たずに眠りについてしまう。この一週間半俺はこうしてなまえの誘惑に打ち勝ってきた。身体にはよくねェだろうが仕方がない。背に腹は変えられねェんだ。

なまえを胸から下ろして、首元に腕を通し自身の胸に抱き寄せれば、静かな呼吸を繰り返すなまえの頭に顔を埋めた。シャンプーの爽やかな香りが鼻をくすぐって俺はなまえを強く抱きしめた。

…あの頃からシャンプー変わってねェんだな。意外と気に入ったものを長く使い続けるタイプなんだよなァ、こいつは。女っつーのは好みから何からコロコロと変わる奴が多いみたいだが、こいつは昔からそう言った変化を好まない。髪型から服装から好きな食べ物、あの頃から何一つ変わっちゃいない。変わっちまったのは俺らの関係だけ。そんなことは百も承知。前途したように、これは仮初めの暮らし。こいつには彼氏がいる。だがそれは俺ではない。こいつの中での彼氏が俺にすり替わっているだけで、それは真実ではないのだ。それでも、今なまえを抱きしめて、共に床についているのは俺。何とも複雑な心境だ。

最後にこいつを抱いて寝たのはいつだろうか。愛染香の時以来か。俺はもう二度と同じことが起きるとは思っていなかった。ヤローの隣にいるなまえは随分と幸せそうだった。それでいいと思った。その笑顔の隣にいるのが、その幸せを与えるのが俺でなくってもなまえが幸せならそれでいいと、本気で思っていたはずだった。だが人間というのはどうしようもないほど欲の塊だ。笑顔が見れればそれでよかった。なまえが幸せでいられるならそれでよかったのに。この一週間半、俺は自身の気持ちと葛藤し続けた。

…俺だってなまえを幸せにすることができるんじゃねェか。こいつの笑顔を護っていけるんじゃねェか。…俺の手で、なまえを幸せにしてやりてェ。


「……このまま記憶を戻さなきゃいいなんて、俺が思ってることを知ったら…、…なまえ、お前は俺を軽蔑するだろうな…」


当たり前に返事のないなまえをもう一度強く抱き寄せて、静かに瞼を閉じた。




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