▼ 2/3
「ただいまー!」
お頭たちと別れなまえの部屋で一人帰りを待っていた俺の耳に戸が開く音と随分と上機嫌ななまえの声が聞こえてきた。バタバタと音を立てながら満面の笑みを向けるなまえに、人の気も知らねェで、なんて思いながらも自然と頬が緩んでしまう。
「お疲れさん」
「今日私外でご飯済ませてきちゃったから、何も買ってきてないけどいーい?」
「構わねェよ、俺も済ませてきた」
「そ?じゃー風呂上がったらゲームやってい?」
「好きにしな」
そうして俺の元に近寄り軽く俺の頬にキスをするなまえに俺は苦笑いを浮かべた。これは不可抗力だ。俺は何もしちゃいねェさ、なんて誰も見ちゃいねーのに一人心の中で言い訳をする。ぱたぱたと慌ただしく風呂に向かうなまえの背中を見つめながら、俺は小さく溜息をついた。
この一週間半、俺はなまえと仮初めの暮らしをしている。お頭の命の元、なまえの様子を伺うと共にどうにか記憶を戻す糸口がねェかとヒントを探している。まぁ現段階では糸口どころかカケラもそんなものを垣間見ることができてねーのが現状だ。と、ふと目についた部屋の奥。箪笥棚の前に何かが転がっている。それに手を伸ばしたと同時に、後ろからなまえの大きな声が聞こえた。
「あ!!!!それ!!!」
後ろを振り返れば早くも風呂を上がったらしいなまえがいた。驚きのあまり大きく肩を揺らした俺が手に取った物。それは真っ二つに折られた携帯電話だった。なまえの反応に、俺は少しだけ糸口を垣間見た気がしたのは、束の間の出来事だった。
「全蔵が持ってたの?」
「…へ?俺ァ持ってねェよ、ここに落っこちてたんだ」
「この前から携帯が見当たんねーって思ってたの、まさかそんなとこに落ちてたとは。つーか何で壊れてんの!?」
「いや真っ二つに折れてここに落ちてたぞ?」
「何で!?直さなきゃいけねーじゃん」
どう考えても自然に壊れたとは思いづらいほど、綺麗に真っ二つに折られた携帯。腑に落ちていない様子で意味わかんねー、と呟くなまえだが、ヤローと揉めた時に自分で折っちまったんじゃねェのか、なんて言いかけた言葉を飲み込んで俺はなまえに笑いかけた。
「俺が直してきてやるよ」
「え?マジ?いいの?助かるわ、一日一回は待ち受け見なきゃ気が済まないんだよね」
「…待ち受け?」
なまえの言葉に首を傾げた。こいつの待ち受け、何だ?そーいや見たことねェな。はてなマークが浮かんでいた俺の表情を見るなり、なまえは眉を顰めた。
「ツーショット、撮っただろーが」
「…ツーショット」
「そーだよ、お前が頬にキスしてきたじゃん!…えっと、アレ、…えっと、どこでだっけ…?」
いてて、と頭を抑えるなまえに俺の心の奥が少しだけヒビが入った気がした。この一週間半共に過ごしてわかったこと。ヤローのことを思い出すことはないが、やはり記憶が入り乱れているのは確かで。今のように曖昧な記憶を思い出そうとすると頭痛を併発するようになった。この一週間半、それが何度もなまえを襲っている。当の本人はさほど気にもしていないのが不幸中の幸いなのか、何なのか。
おそらく待ち受けにしてたのはジャンプ侍とのツーショットだろう。俺にも送りつけてきたこともあるくらいだ。それを見るのが毎日の日課だなんて随分可愛いじゃねェか。だが、その相手は俺ではない。こいつが焦がれていたのは、俺ではなくヤローだということは百も承知。なまえと付き合っていたのは、ヤローなんだから。そんな事実を突きつけられる度に、心の中で何かが渦を巻いているような気がした。
「あーダメだ、疲れてる。全然ゲームする元気ない。…もー寝よっか」
どうにか心の奥底で渦巻く感情に蓋をしてなまえの言葉に曖昧に頷いてみせれば、なまえはまた柔らかく笑った。
prev / next
bookmark