Ichika -carré- | ナノ


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息を切らしてたどり着いたのはいつだかの大江戸病院。吉原にも病院はあるはずなのに、なぜわざわざ地上の、それもこんな大きい病院に?同じ疑問が浮かんでるはずのヤローも口を開くことなくただでさえうざったい髪を振り乱して駆けている。平日の夕方にしては人が少ない病院内、大の男が真顔で駆け抜けているなど他の患者の不審がる目が痛い。それでもこの不安を消し去るには、早くなまえの顔を見る他なかった。

昨夜どれだけ俺はアイツを傷つけてしまったんだろう。勘違いとは言えなんてことを思わせてしまったんだろう。俺がなまえを汚いなんて思うわけねェだろ。嫌いになんてなるわけねェだろ。俺がどれだけお前に惚れてるか、それくらい知ってただろ?俺にはお前しかいねェんだ。…早く会ってそう伝えたい。


「お頭!」


待合室でぼんやりと椅子に腰をかける月詠を見つけたらしい腐れ忍者が月詠に声をかけた。月詠はばっと顔を上げてこちらに駆け寄ってきた。なまえの姿が見えないことに更なる不安を覚えた俺の前に立った月詠にヤローが声をかける。


「…アイツは?」

「先生と話しておる」

「何があったんだ?なまえは無事なのか?」

「…銀時、ぬし、なまえに何をしんした」

「え?」

「あやつに何をしたのかと聞いておるんじゃ!!!」

「…昨日のことだろ?俺なんか色々勘違いしてたみたいで結構酷いこと言っちまったんだ、だから今日謝りに行こうと…」


そこまで言った俺の頬を、月詠は思い切り引っ叩いた。物凄い形相で眉を釣り上げ俺を睨みつける月詠の目には、涙が浮かんでいた。俺は叩かれた頬に手を当てながら、状況がつかめずにヤローと月詠の顔を見比べた。ヤローが「お頭、落ち着け」と仲裁に入る。


「なまえを幸せにできぬなら、もうあやつに近づくな、銀時!!!」


ボロボロと涙を零しながら、俺を怒鳴りつける月詠の様子が尋常ではない。湧き上がる不安を必死に押さえ込もうと俺は一生懸命月詠に取り繕った。情けないくらいに、震えた声で。


「…ちょ、ツッキー?大袈裟だって、マジで。ちゃんと仲直りするからさ、そんな怒んなって…」


そんな俺からパッと顔を逸らして小さく月詠が呟いた言葉の理解がすぐにできなかった。


「もう、…遅いんじゃ」


そして、俺はその言葉の意味をすぐに理解することとなる。


「月詠ー?終わったよー?」


ひょこっと診察室から顔を出すなまえの何ら変わりのない表情を見て、俺はほっと安堵した。こちらに近づいてくるなまえにすら、月詠は顔を上げることはない。と、俺らに気付いたなまえは、昨夜の出来事はどこへやら。あ!と目を見開いて、すぐにふにゃっと笑いこちらに駆け寄った。…よかった、怒ってねェ。早く謝らなければ。あれは勘違いだったと、すぐに。なまえ、とかけようとした言葉はなまえの声に遮られた。


「全蔵!来てたの?」


声をかけようとする俺を素通りして、なまえはヤローの元へと駆け寄った。…何だよ、何の冗談…。ヤローも状況が掴めていない様子で、なまえに苦笑いを浮かべている。月詠はその様子を見て、声を殺しながら更に涙を流した。


「…全蔵?どうしたの」

「どうしたもこうしたも…お前さんこそどうしたんだ」

「知らねーよ!私の様子が変だからって月詠に連れてこられたの。でも何ともなかったからね、月詠の早とちりだったからね」

「…いや、何ともねェっていうか、え?何、どういう…」


明らかにヤローも困惑している。だが、それ以上に困惑しているのはこの俺だ。先程からあからさまに俺に目もくれないなまえに、先程から感じていた不安が全身を覆い尽くすような気がした。薄く息を吐きながら少しずつ脳内を整理した。

…こりゃ俺への当てつけか?まさか昨日のことまだ怒ってる?そりゃそーだよな、怒るよな、あんなこと言っちまったんだ。早く誤解を解かなければ。

そう思い直した苦笑いを浮かべたまま俺は「あのー」と控えめになまえに声をかけた。ん?と首を傾げながら俺の方へ顔を向けたなまえの表情は、俺が想像していたものよりも遥か斜め上の表情だった。俺を見るなりもう一度首を傾げて、なまえは少しだけ余所行きの笑顔を向けた。


「アレ、…どちらさん?」


なまえのその一言。たったその一言で一瞬にして空気が凍りついた気がした。少しも冗談を言っているわけではないなまえの表情に、ぽかんと口を開けたままのヤローと、変わらず顔を下げたままの月詠。…その時、俺はどんな顔をしていただろうか。


「月詠の知り合い?それとも全蔵の?」

「…オイ、なまえ、何言ってんだ、お前…」

「何って、何が?」

「何がってお前…」

「あ!そーだ私薬もらってこなきゃいけねーんだ!全蔵も月詠も、おにーさんもちょっと待ってて!」


ごめんごめん、と手でジェスチャーをしながら受付の方へ走って行ったなまえの後ろ姿をただ呆然と見つめることしかできなかった。脳が状況把握を拒否している。手足が氷のように冷たくなっていくのを感じながら、俺はその後ろ姿を見つめたまま立ちすくむことしかできなかった。

『アレ、どちらさん?』
『おにーさん』

俺にそんな顔を向けるなまえを、俺は知らない。




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