▼ 2/4 side 坂田銀時
「あのさァ、俺当分テメーのツラ見ねェって決めてんだ」
「…」
バカでかい門構えの屋敷の門前にむさ苦しい男が二人。この屋敷はここいらじゃ服部屋敷、なんて呼ばれてるらしいがそこの家主がこんなにもっさりとした頭のヒゲヅラヤローってんだから、気に食わねェ。その上俺のセリフを掻っ攫うヤローに、珍しく文句一ついう気にもならなかった。
「何黙ってんだよ、気持ち悪ィな。…何の用だ」
「…なまえ」
小さく呟いた俺の言葉に、ヤローはやっぱりなと言わんばかりに大きくため息をついてそのもっさりと生えた自身の髪の毛をがしゃがしゃと掻き毟る。俺だって好きでテメーの女の元カレになんて相談しにきてるわけじゃねェ。だが、背に腹はかえられねーんだ。
「話せよ。聞くだけなら聞いてやる」
「アイツさァ、…一体何なんだと思う」
「…はァ?」
「何か俺、アイツの重荷になってる気がしてならねェんだけど」
「…」
そんなつもりはないのに、無意識に肩が下がり声のトーンが落ち込んでしまう。脳裏に浮かぶのは、あの日の出来事。ボロボロになったなまえの姿を見た時、体内中の血液が沸騰するような感覚に襲われた。俺の、俺だけのモンに知らねェヤローが触れている。首を切り落としてやろうと思った。奉行所のやつらになんて渡さずに、この手で殺してやろうと、本気で思った。気が付けば野郎どもを一心不乱に斬り捨ててた。
「…あんな目に遭って、本当は嫌で、怖くてたまんなかったはずなのによ。…まぁアイツは怖ェなんて思うタマじゃねーかもしんねェけど」
「…」
「アイツ、俺が来たら泣くと思ってた。遅ェよ、怖かったんだからな!とか何とか悪態つきながら、ぜってェ泣くと思ってた」
「…」
「けど、アイツ…笑ったんだよ。お前も見てただろ」
「…そーだな」
遅くなって悪かった、と喉元まで出かかっていた言葉を思わず呑み込んだ。ボロボロになりながら、野郎どもの汚ねェ手であちこち触られたのかもしんねェのに。アイツは俺を見るなり「私は大丈夫だから」と俺に笑いかけた。その瞬間俺は絶望した。
「俺、付き合うときにアイツに言ったんだ。お前の背負ってるもん、トラウマも過去も何もかも俺が背負ってやるって、そう言ったんだ」
「…」
「何もかも、背負ってるつもりだった。俺はアイツの拠り所になってやりたかったんだ。だから月詠や百華、吉原を護りたいっつーアイツの想いを大切にする代わりに、俺はアイツを護ってたつもりだった。…それなのに、とんだ勘違いだった」
結局アイツは俺に背負われることをせずに、あろうことか俺すらも背負って歩こうとしていた。あの時悲しみや怒りに狂っている俺を宥めようとしたんだろう。だからアイツは俺に笑顔を向けたんだ。俺を、これ以上悲しませない為に。
「どんな汚ねェ顔でもいいから、泣きついて欲しかった。バカとかアホとかどんな汚ねェ言葉でも吐いて欲しかった。アイツは俺にすら、そんな弱みも見せてくんねェのかって、俺じゃアイツを背負うにゃ役不足だったのかって、この数日ずっと頭から離れなかった」
「…」
「昨日そんな俺を見てようやく泣きながら俺に訴えて来たよ。何で抱いてくれないの、ってさ」
昨夜のなまえの悲痛な声が耳をついて離れない。あんな顔をさせたいわけじゃなかった。だけど、俺は自分の劣等感に押し潰されそうだった。
「この期に及んでまだ俺の心配してやがるアイツに、耐えらんなかった。まだあのこと気にしてるんじゃねェか?私の怪我を心配してんじゃねェか?…私は大丈夫だから、抱いていいよ。…そう言ってるように感じた」
「…お前なァ…」
「ボロボロ泣くアイツを見て、すげェ自分が情けなくなっちまってよ。勝手にアイツを背負ってるつもりで、アイツの拠り所になってるつもりで、本当は何もしてやれてねェ無力な自分が情けなくなっちまった。…思わず言っちまってた。…距離置こうって」
「…オイ、そりゃ本気で言ってんのか?」
黙って俺の情けない心情を聞いていたヤローが不意に顔を上げて、俺に詰め寄った。
「アイツがお前の為を思って抱いてってせがんだって、本気で思ってんのか?その上、距離置こうなんて本気で言ったのか?」
「…いや別れてェとかそんなこと少しも思ってねェよ、ただ自分の情けなさに絶望したっつーか」
「そうじゃねェ。その流れでそんなこと言っちまったことに問題があるんだ。…お前さん、本当にアイツのこと今まで見て来たのか?」
「…どーいう意味だよ」
俺の言葉に首を傾げてみせる腐れ忍者に若干の苛立ちを感じたものの、自分で相談しにきたもんだから文句一つ言えねェ。それに、言っている意味もよくわからない。どういう意味だ、流れに問題があるって。アイツのこと見てきたのかって。
「今から俺がいうことは予想じゃねェ、確信だ。アイツがお前に抱いてくれとせがんだと。お前の気持ちを汲んでアイツはそう言ったんだとお前は言ってたけどな、それは違う。アイツはそこまで出来た人間じゃねェ」
「…?」
「あんな目に遭った自分が汚れちまったんじゃねェか、お前に汚ねェ女だなんて思われてんじゃねェか。…お前に嫌われたんじゃねェかと不安だっただけだ」
「んなことで嫌いになんてなるわけねェだろ。汚ねェなんて少しも思ってねェよ」
「よく考えてもみろ。どーせお前のことだから普段から脇目も振らずアイツを抱いてきたんだろう。眠いとか明日仕事だとかそんなこと言うアイツの言うことも聞かずにな。そんなヤツがあの日以来一度も手を出してこねェ。その上日々虚ろな顔をしているとありゃ、余計にその不安が募るのも仕方のねェことだ。挙げ句の果てに、距離を置こうだなんてアイツを嫌いになったと暗に言っているようなもんだろう」
「…」
ヤローの言葉を否定をしようとした俺は、昨夜のなまえの尋常じゃない泣き顔を思い出して、ふと我に帰る。あんなにも感情的に抱いてくれとアイツが詰め寄ってきたことなど、今まで一度でもあっただろうか。あんなにも涙を振り乱しながら俺を引き止めたことがあっただろうか。…俺は、何つーことをしてしまったんだ。
「アイツは確かに強い女だ。だけどな、自分の大切にしてるもんには随分と繊細なんだ。こんなこと言いたかねェが、アイツがお前を真剣に想ってるのは俺にだってわかる。そんなに想ってる相手に嫌われたと思わせるなんざ、お前は何もアイツのことわかっちゃいねェ。…頼むからアイツを傷つけるのはやめてくれよ」
「……俺、とんでもねェ勘違いしてた?」
「このままアイツに振られてもおかしくねェくらいの勘違いだ。ざまーみやがれ」
「マジ?ちょ、俺アイツんとこ言って謝ってく…」
このまま振られてもおかしくねェだと。俺はとんだバカ野郎だ。どこまでいってもテメーのことしか考えられないクソ野郎だ。今すぐになまえの顔を見たい。どれだけ罵られても、泣かれても、誰にもアイツを渡す気なんてない。…俺にはアイツが必要なんだ。
くるっとヤローに背を向けたと同時に、聞こえてきた着信音。俺は携帯なんてもんもってねーからおそらく腐れ忍者のものだろう。「あ、百華のお頭だ」なんて呟くヤローの言葉に上げかけた足を下ろしてもう一度振り返った。百華のお頭、つーと月詠?なんで月詠がこいつに電話なんて。不意に心の中にモヤが浮かんだ気がした。理由はわからない。何だか少しだけ嫌な予感がしたのだ。
「…珍しいじゃねェか、お頭が…え?…なまえが?」
ヤローの口から出るなまえの名に、俺はピクリと眉が動いた。なまえのことで月詠からこいつに電話とは、一体。
「…ちょっ、落ち着けって、……あ?ジャンプ侍ならいま俺の目の前に……、そりゃどういう意味だ?…え?………わかった、連れてすぐ向かう、…わかった」
パチンと携帯を閉じたと同時に「なまえが何だよ」とヤローの顔を覗き込んだ。先ほどとは一転、急に無表情になったヤローが顎をしゃくった。
「…なまえの様子がおかしいから、お前連れて病院までこいって、お頭が。…行くぞ」
ヤローの言葉に俺の心はいつになくざわめいた。なまえの様子がおかしい?病院?どういうことだ。浮かび出す不安が募り出して、うまく息ができない。駆け出すヤローの足音に我に返ってその後を追いかけた。
…なまえ、俺はお前が俺だけに笑いかけてくれるなら何だってよかった。
本当にそれだけでよかったのに。
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