▼ 俺の大切なアイツ 1/4
窓から差し込む陽が室内を照らし、私は思わず身じろぎをした。ゆっくり瞼を開ければ、視界に入ったのはふかふかの布団。…ではなく固い畳だった。通りで心なしかあちこち痛いわけだ。それにしても何だかとてつもなく長い眠りに就いていたような、そんな気分。むくっと起き上がり大きく伸びをすれば、重たい瞼のまま掛け時計に視線を移した。
「…やべ、遅刻…」
時間がないというのに髪の毛はしっとりと脂っぽく不快で仕方がない。何だっていうんだ一体。昨夜はそんなに寝苦しくなかったはずだが。急いで風呂場に向かい、身支度を済ませれば早々に部屋を飛び出した。
「おはよー」
「なまえ、体調はどうじゃ?」
「え?…うん?ていうか月詠、久しぶりに会う気がする」
「気がするのではありんせん、一週間ぶりじゃ」
「…え?」
一週間振り?何を言っているんだこいつは。つい昨日も会ったばかりだというのに、変なやつ。うーんと伸びをすれば、ふっと優しく微笑む月詠につられて私も口角を上げた。日が眩しくって無意識に目が細くなってしまう。各々職務につきながら、私も書き仕事をと筆をとった。月詠たちは軽く見廻りに向かい、私は団員たちと談笑をしながら筆を走らせる。
「そうだ、今日全蔵は?」
「…忍びの旦那ですか?…旦那が、何か?」
「何かって、今日はきてないの?」
「…?…いや、はい。来てないですね」
「ふーん、あっそう」
ちぇっ、つれねーの。なんて唇を尖らせれば、早々に見廻りから戻った月詠が顔を覗かせる。私の表情を見るなり眉を上げてまた柔らかく笑った。
「何じゃ、その顔は。何かありんしたか」
「別にぃー?」
「何じゃ、言ってみなんし」
お茶を片手に私の向かいに腰を下ろす月詠に、私は態とらしく眉を八の字に下げて肩を竦めた。
「今日全蔵こないのかなって」
「……服部?何の話じゃ?」
「何の話って、そのまんまの意味だよ」
「服部がこないことと、ぬしのその表情が結びつかないのじゃが」
訝しげな表情を向ける月詠に、私は首を傾げた。今日こいつどうしたんだ。何か様子がおかしいぞ。熱でもあるのか?ひょいっと月詠の額に自身の手のひらを当てて見るも、特に熱くもなければ少し冷ややかなくらいだ。
「月詠、どーしたの?今日なんか変じゃねぇ?」
「それを言うならぬしじゃ。まだ疲れが取れぬなら、もう少し休んでもいいんじゃぞ」
「…私は何ともないけど?マジで月詠こそどうしたの」
「ぬしこそ服部だ何だと、何を言っておるんじゃ?」
「…は?」
どうにも月詠との会話が噛み合わない。相変わらず訝しげな表情を崩さない月詠につられて、私も思わず月詠の真意を探ろうと真剣にその顔を見つめ返した。少しの沈黙が訪れて、何だか言い知れぬ不安が私を襲った。
「…銀時と何かありんしたか」
少しの沈黙の後、口を開いた月詠の言葉。心配そうに眉を顰める月詠に一言言葉を返せば、みるみる月詠の表情から血の気が引いていくのがわかった。
…何、こいつ本当にどうしたっていうの。
徐に私の腕を掴んで勢いよく立ち上がった月詠は、有無を言わさずに私を屯所の外へと連れ出した。どこへ向かっているのか、なんて声を上げようとしたものの、私の腕を強く掴む月詠の手が少しだけ震えていることに気付けば、私は何もいうことができなくなってしまった。
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