Ichika -carré- | ナノ


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銀時の言葉に、私は思わず言葉を失った。

抱けないって、何。どういう意味?抱きたくないとかそういう気分じゃないとかそうじゃなくて、抱けないって?

私の腰を掴んで自身から退かすように布団の上に私を下ろせば、黙って立ち上がる銀時の裾をがっと掴んだ。


「…な、…待って、何で……っ銀時!!」


混乱しだす脳内に抗うように、必死に大きな声で銀時を怒鳴りつけながらも、私の瞳からは大粒の雫がこぼれ落ちている。銀時は一瞬足を止めたと思えば、ゆっくりと振り返り私を見下ろした。静かに腰を下ろして私の腕を掴んだ銀時にほっと安堵したのは、束の間の出来事だった。銀時、と声を上げようとした時それを遮るように銀時は静かに口を開いた。


「…なまえ、」

「銀時…っ」


「…俺ら、少し距離置かねェか」


私を見つめる銀時の口から聞こえてきた言葉に耳を疑った。その言葉を理解するまで結構な時間を要した。何も言えずに目を見開いたまま銀時の瞳を見つめ返しても、その瞳には少しも冗談の色などない。至極真面目な眼差しで私を射抜いて離さない。パクパクと口を開いたり閉じたりしてみても、適切な言葉が思い浮かばずにその口元はわなわなと震え出した。


「…なん、で…、銀時……」


私の腕をぱっと離して銀時は私に背を向け玄関へと向かった。銀時のブーツを履く音にようやく我に帰った私は、重たい身体を引きずって銀時に駆け寄った。急に平衡感覚が掴めなくなって、足元がふらつく。頭が理解するのを拒否しているように感じた。ガシッと銀時の腕を掴んだ私は、もう涙など拭うこともできなかった。


「待って、何で…っ、何で!?」

「…」

「冗談だよね?…ドッキリかなんか?全然信じないから、つまんないからそういうの!ねぇっ…」

「…」


震える声を絞り出しながら、必死に取り繕って見せても銀時はこちらを向くことはない。視界がぼやける。ねぇ、背を向けてたらわからない。何か言ってくれなきゃ銀時が何を考えてるかなんて、わからないよ。


「ねぇ、…銀時、何とか言ってよ…っ」


銀時の手を掴んでいた私の手をそっと離して、ゆっくりと振り返った銀時の表情は、もう私の視界にはちゃんと移ることはなかった。ぼやけて、歪んだ視界の銀時は静かに一言呟くと、またもや音も立てず静かに戸を引いて出て行ってしまった。


「…わりぃ」


それはどういう意味なのか。何に対して謝っているのか。皆目見当もつかなかった。いなくなっても尚、その場に立ち尽くしたまま銀時がいた場所を見つめ続けていた。

…私はこんな出来事が起こるなど、少しも予想をしていなかった。銀時が自ら私の前から姿を消すなど。ほぼ別れ話同然の話を持ちかけるなど少しも考えたこともなかった。

なぜ、どうして。そんなの愚問だった。
あの一件以来、銀時はずっと様子がおかしかった。そんなことバカな私でも気付いていた。そして待っていた結果は「距離を置く」。だとすれば、理由は一つしかない。

…私が、汚いから。
知らぬ男に弄ばれ辱めを受けた私を、きっと軽蔑したのだろう。自警団だ何だと謳っているとはいえ、所詮は遊女なのだと、きっと愛想が尽きてしまったのだろう。それしか、考えられない。

私は勘違いしていた。人並みに幸せになれるものだと。全蔵に続き銀時という恋人が出来たもんだから、すっぽり忘れてしまっていたのだ。…そんなこと、望んではいけない人種だったのに。そんなものとは縁遠い世界にいるというのに、当たり前に幸せになれるなんて思ってしまっていた。例え座敷に上がったことがなかろうと、結局地雷亜に抱かれていたのは事実。その上見知らぬ連中に汚された私を、愛す者などどこにいるというのだろう。

銀時の判断は何も間違ってはいない。わざわざこんな女を選び、求める必要なんてありはしない。普通の感性を持っていたら、そんなこと。

私はバカだ。
銀時ならそれも含めて、全て愛してくれると思ってしまっていた。「少しも汚れちゃいねェよ」なんて優しく微笑んで、今まで通り抱いてくれるだろうと、そう思ってしまっていたのだから。

頬から絶えず流れる涙と共に、この汚れが全て流れ落ちてくれないかと、不毛なことを考えてしまった。消えるはずがない。この身体に染み付いた地雷亜との過去は。清猫組の連中の下卑た笑みは。私が汚い女だという事実は、消えるはずがない。

と、部屋から電話の着信音が聞こえ、ふらふらとおぼつかない足取りでその音の出処へ向かった。見つけた携帯を開けば、月詠からのメッセージ。目にとまる待ち受け画面を捉えるなり、走馬灯のように思い出が頭を駆け巡った。

初めてひのやで会った日のこと。
全蔵に捕まっていた私を助けてくれたこと。
明け方までゲームをやって共に朝を迎えたこと。
初めて地上の団子やに連れて行ってくれたこと。
突然キスをされたこと。
地雷亜から私たちを救ってくれたこと。
銀時への気持ちに気付いたこと。
熱が出た私を看病してくれたこと。
初めて結ばれた日のこと。
愛染香に、旅行に、海に…私たち二人の間には思い出がありすぎる。


「……あぁぁぁぁぁあっ…!!!!!!」


気付けば一人叫び声を上げていた。涙と鼻水を垂れ流しながら、暗い部屋の中、携帯を握りしめて泣き叫ぶことしか、私には出来ない。銀時が離れてしまった。ついぞあの日から銀時の笑顔を見ることは叶わなかった。私は、今の私の生きる光は、銀時だったというのに。もうその光は私を照らすことはない。私を映すことはない。もう銀時には、私なんて必要がないのだ。

……私には、銀時が必要なのに。

バキッと音を立て携帯をへし折って、奥のタンスに叩きつけた。私の意識はそこでプツリと途絶えてしまった。





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