Ichika -carré- | ナノ


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「……銀時…っ、」


雄叫びを上げながら男どもに斬りかかる銀時をぼんやりと見つめていた。見慣れない格好。…そうか、祭り。祭りに行く約束してたんだった。浴衣姿の銀時、悪くないじゃん。あーあ、私も折角浴衣新調したのになぁ。あのクソ猫野郎、どこにやったんだか。と、私の足を担いでいた男がガタガタと震えながら苦し紛れに私に刀を振り上げた。それに気付いた銀時の木刀、そして無数のクナイがその男を襲った。


「…ったく無茶なことしやがる。さっさとズラかりゃよかっただろう」


ばさっと音を立てて私を包み込んだ紺色の上着。その持ち主が呆れたように私を見下ろした。銀時と全蔵がやってきた安心からなのか、先ほどまで少しも感じていなかったはずの身体の痛みが全身を駆け巡り、私はまたぺっと音を立てて血を吐き出す。そして顔を上げ、男どもに容赦無くクナイを飛ばす全蔵から、我を忘れたように暴れる銀時に視線を移して小さく呟いた。


「……他言無用って、…言っただろうが…」

「喋るんじゃねェよ、…バカ野郎」


突然現れた男の剣さばきに慄く猫田を前に、沢山の返り血を浴びた銀時が恐ろしい形相で猫田を睨みつけている。何か言い合ってるように聞こえるが、段々と意識がぼんやりとしてきてそれを聞き取ることができない。銀時が静かに猫田を切り捨てれば、しんと静まる室内にはあちこちで血塗れになった男達の呻き声しか聞こえない。大きく肩で呼吸をしながら、立ち竦む銀時は、今何を思っているのだろう。


「……っ、…」


ダメだ、…意識が朦朧とする。なまえ、と全蔵の声にこちらを振り返った銀時は、静かに私たちの元へと近づいてくる。銀時が浮かべているその表情を言葉で表すには、あまりに私は言葉を知らなすぎる。悲しんでいるような、怒っているような、今にも泣き出しそうな…何ものにも形容し難い表情で静かに私の傍らで足を止めた。

荒く息を吐く銀時をよそに、私はひゅーひゅーと細い呼吸しかできない。声を出すのも億劫で、ただ私を見下ろす銀時を見上げることしかできずにいる。私を抱き上げた銀時は、ぎゅっと強く私を抱きしめた。強く私を抱く腕の力に私の身体は悲鳴をあげているというのに、文句一つ言えないほど私は限界だった。


「…なまえ……」


そう小さく呟く銀時の声が、耳を塞ぎたくなるほどに弱々しく震えていて私は自分の行動の愚かさを実感した。腕をほどき、銀時の顔を手のひらで包み込みながらその顔を見上げれば、私の心が身体よりも酷く悲鳴を上げた。

…銀時、私はバカな女だな。お前の悲しむ顔だけは、もう二度と見たくない。もう二度とそんな顔をさせないと決めていたのに。私は、お前が笑っていなければ何も意味がないんだよ。ねぇ銀時。頼むから、そんな顔をするのは、…やめて。お願いだから、笑って、銀時。



「私…大丈夫、だよ…っ、何ともないから……、大丈夫、…だから…っ」


銀時の悲しむ顔を見たくないと、銀時の笑顔を見たいとその一心で私は必死に痛みを堪えて、銀時に笑顔を向けた。その瞬間、眉を顰めた銀時の瞳が一瞬揺れた気がした。それと同時に隣で私たちを見下ろす全蔵の小さく舌打ちをするような音が聞こえた。静かに私を担ぎ上げた銀時は、私が求めていた笑顔を浮かべることなく虚ろな表情を浮かべていた。銀時、と発したはずの声は口外に出ることなく喉元で消えた。


「…帰るぞ」



…私はただ銀時に笑って欲しかっただけだったの。銀時の笑顔が見たかった、ただそれだけだった。
その私の選択が大きな間違いだったなんて、少しも気付けなかったんだよ。

銀時。お前はもう、私に笑いかけてはくれないの。




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