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「ぬしと共に見廻りをするなど、どれくらいぶりかのう」
「うっわ、めっちゃ嬉しそうじゃん。ほんっと私のこと好きだよねぇ」
「ひ、久しぶりだったから、懐かしく思っただけじゃ!」
「…懐かしく、ねぇ」
ぼんやりと月詠の言葉をそのまま繰り返した。ざり、と音を立てて足を止めた月詠に、私は黙って振り返った。
「…師匠がいた、あの頃を……」
…師匠。その言葉を耳にした私は、月詠が言い終わるより先に、月詠目掛けてクナイを飛ばした。掠った月詠の頬からは、つぅっと一筋、血が垂れた。驚いたように目を見開く月詠を、私は強く睨みつけた。
「…月詠。いくらお前でも、次その言葉を口にしたら、今度は外さねーからな」
「…なまえ」
…先代、初代頭領、師匠。そして、奴の名。
百華の中で、それらの単語は禁句となっている。そしてそれは他でもない、私の意向でだ。…まっ話すと長くなるからその話はまた今度ねん。
頬から流れた血を拭って、月詠は小さく私に謝りを入れた。
「…さ、行くよー」
歩き出す私の後を月詠が追ってきた。袂から団子を二つ取り出して一つそれを差し出すと、月詠は安心したように笑顔を向けてきた。
…そう、私はこの笑顔を護るために、ここまできた。
と、その時通りかかった一軒のキャバクラから、見知った顔がデレデレとニヤけた顔をしながら出てきた。
「…ぬしは、」
「お、これはこれは、百華のお頭。それに元スイートハニーちゃん」
ブスっ娘クラブから出てきた全蔵は、へらりとこちらに笑みを浮かべて近づいてきた。私ははぁ、と大袈裟にため息をついてみせるが、本人はどこ吹く風だ。
「まぁた性懲りもなく、キャバクラ通いですか?元クソダーリンさん」
「誰かさんが戻ってきてくんねェからなァ。そちらさんの方からも、言ってやってくんねェか?」
「元はと言えば、ぬしがそこの店の女と浮気をするからじゃろうが」
「…誤解だって言ってんだろ?なァ、なまえ、場所変えて話さねェか?」
「おま、ブスッ娘のやつらに話聞かれたくねーだけだろォが!」
思わず声を荒げた私に、全蔵はわざとらしく肩を竦めて見せた。全く退いてくれる様子のない全蔵に、月詠は呆れたように私と全蔵を見比べて、私の肩にポンと手を置いた。
「なまえ、今日はもうわっちに任せて帰ってよいぞ。この様子じゃ、この男退いてくれそうにありんせん」
「えー?私このバカと話すことないんだけど!!」
「お頭もそう言ってるんだ、たまには付き合ってくれよ」
はぁー?と眉を顰める私をよそに、全蔵が私の肩を組んで移動を促す。月詠は何故か全蔵とのこととなると、昔から甘い。いつもだったら「サボってないで仕事しなんし!」とか何とか言うくせに、全蔵が絡むと寧ろ月詠の方からこのように促してくるのだから、不思議だ。仕方なくされるがままに、全蔵に連れられてその場を離れた。
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