Ichika -carré- | ナノ


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「おうおうイボ痔野郎、テメェなまえにちょっかいかけてねーだろーなァ!?」

「あァ?猿飛とよろしくやってるくせに余計な心配すんなよ」

「そうよ!だからなまえ!あなた私たちの邪魔しないでくれる!?」

「いや私何も言ってねーじゃん」

「なまえ、大丈夫か?セクハラされてねェか!?」

「へーきへーきぃ」


すぐそばまでやってきた銀時は合流するなり全蔵といがみ合ってるし、猿飛はこれ見よがしに銀時の腕に絡まりついてるし、一体何なの。どんなに火花を散らしたって銀時は私のだし、私は銀時のものというのに変わりはないのに。面倒臭いやつらだ。

私はぷかぷかと浮き輪に乗りながら、ぼんやりと月詠たちのいる方へと視線を移した。三人は和気あいあいと膝くらい高さの浅瀬でビーチボールをしている。何とも器用なことだ。ていうか浮き輪を使った水練とか何とか言ってなかったっけ。いーなぁ、私もビーチボールやりたいんですけどぉ。ていうか、浮き輪の後は何やるんだろ。


「ねぇ、ぜんぞ……、……へ?」


くるっと振り返った先にいるはずの全蔵がいない。それどころか銀時も猿飛もいない。キョロキョロと辺りを見渡すと、あ、いたいた、全蔵たち。…ってなんか知らないけどすごい遠くいるんですけどォ!?!?私だけすんげー沖に流されてるんですけどォォォォ!?!


「おーーい!!!!」


思わずそう叫べば銀時に掴みかかってた全蔵がはっと思い出したようにこちらに振り返った。あのバカ男、浮き輪から手離したな!バカ!アホ!イボ痔!ばしゃばしゃと慌ててこちらに近づいてくる三人に気付いたのか、月詠たちも何かあったのかと心配そうにこちらを捉えるなりすぐにその顔は青くなった。「後ろ、後ろ!!」と叫ぶ月詠の言葉につられて言われた通り後ろを振り向くと、飛び込んできた光景に私は硬直してしまった。


「…うそ、でしょ…」


私の目に飛び込んできたのは、…水の壁?っていうの?何これ?すごい高さの水の壁のようなものがこちらに押し寄せてくる。呆然とそれを見つめたまま息をするのも忘れてしまった。


「なまえ、大波だ!絶対浮き輪から手ェ離さねェでこっちまで泳いでこい!」

「銀時!!!服部!!!なまえは泳げないんじゃ!!!」

「「ええェェェ!?!!?」」


割と切羽詰まった全蔵の声と月詠の叫ぶ声が聞こえた気がした。お前が浮き輪から手ェ離したからわりーんだろなんて、すぐ目の前まで迫った大波とやらを前にして、どこか冷静に全蔵に悪態をついていた。あまりの恐怖に意識が朦朧としていたんだと思う。その証拠にガチガチに身体が固まっていうことを聞かない。浮き輪を、掴む?何それ、浮き輪って何だっけ、掴むってどうやって身体を動かせばいいんだっけ。嗚呼、もう間に合わない。この波とやらに飲まれたら、私、死んじゃうのかな。


「なまえーー!!!!」


聞こえた銀時の声を最後に、私はその大きな波にどっぷりと飲み込まれてしまった。



・・・・



水面が遠い。バタバタと手足を動かしてみても、まともに泳ぎ方も知らない私の身体はどんどんキラキラと光る水面から遠ざかっている気がする。荒いあぶくが水面に向かって登って行く様を見ていることしかできない。

海ってこんなに深いんだ。吉原の人工川とは大違いだ。この海と比べると、あの川なんて全然大したことないや。あーあ、水中で呼吸ってどうやってするんだろう。魚ってすごいわー。つーか服着て水遊びなんかするもんじゃねーや、身体が重たくて仕方ない。あー、ダメ、もう苦しい。いくらも持たない。

…溺死なんて、嫌な死に方だなぁ。

と、次の瞬間勢いよく水面に泡が立ったと思いきや、そこから物凄い形相の銀時が手を伸ばしてこちらに近づいてきた。私以上に荒いあぶくを纏わせながら必死にこちらに手を伸ばす銀時を見ながら、どこか夢を見ている気分だった。

…助けに、きてくれたの、かな。

相変わらずの形相でこちらに手を伸ばす銀時に、私も朦朧とした意識の中でゆっくりとその手に向かい自身の手を伸ばした。がしっと手首を掴まれて銀時の胸に引き寄せられた私は、その大きな胸板に抱かれて安堵した。

…死ぬかと思った。よかった。銀時、またお前に助けられた。

それでも呼吸ができず苦しいのに変わりはない。早く水面に上がって酸素を嫌という程吸い込みたい。バカ野郎、なんて罵られてもいいから銀時の声が聞きたい。……それなのに、一向に水面に上がる気配はないどころか、むしろさっきより沈んでいってる気がするのは、気のせいだろうか。不安に思いゆっくりと見上げた銀時の顔を見て、私は最後に残っていた酸素をゴボッと吐き出してしまった。なるほど、だからあんな形相で飛び込んできたんだね。だってすごい顔だったもん。鬼みたいだったもん。でも、その表情の理由が、今わかった。
…銀時、お前も泳げなかったんだね。


…じゃねーだろォォォ!!!!何しにきたんだァァァァ!!!


白目を剥いて意識を失っている銀時の顔を最後に、私の意識もそこでぷつりと途切れてしまった。




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