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「「カンパーイ!!!」」
大人というのは嫌な生き物で、どこへ遊びに出かけても結局楽しむには酒がなければいけないのか。月詠、そして未成年の二人を除いた私たちは砂浜の上に敷いたビニールシートの上で缶ビールを飲み干した。
「あーあ、お前さんの水着姿期待してたのによォ」
「仕方ないだろーが!こんな背中晒して歩けるか!」
華やかな水着を纏う月詠に猿飛、神楽を尻目に私はしっかりと銀時のジャージを羽織り素肌を隠した。銀時の再三にわたるしつこい要望を受けて黒のビキニを着てはいるものの、さすがにこんな背中を他の海水浴客がいる中大っぴらにできるはずもない。…とまぁ、これは表向きの理由で、本当は月詠と猿飛という爆乳コンビの前でこんな貧相な胸を晒したくないというのが本音だ。それに上着を着ていれば、水に触れるのを断る言い訳にもなると踏んだからだ。
「それにしてもあっちーなァ。なまえ、ちょっと水辺にチャプチャプしにいかねェ?」
「えっ」
「ダメに決まってんだろ!今日は個人行動禁止だ!海水浴のしおり渡したろ!」
「そういえば、しおりにスケジュールが書いてありんしたな」
ナイス全蔵!海に近づくのを全力で回避したい私は思わず心の中でガッツポーズをした。ガサゴソと荷物の中からしおりを出す月詠につられ、手元のしおりへと視線を移した。
「なになに、…一時限目 浮き輪を使っての水練、全体行動につき組み合わせは以下の通り」
「…銀時と猿飛、全蔵と私、月詠と神楽と新八」
「さすが全蔵!!最高の組み合わせね!」
「イボ痔忍者!お前殺す!絶対に殺す!!」
「つーわけだ。さ、準備体操してチャチャっと水に慣れるぞ」
「……」
何で私と全蔵が組むのとか、なるほど猿飛を連れてきた理由が丸わかりだわとか、月詠を保護者代わりにすんなよとか。ツッコミたいことはとにかく山ほどあったけど。何より私が声を大にして言いたいのは、………結局海に入らなきゃダメなんですか!??!
全開で顔を痙攣らせる私に猿飛が勝ち誇った顔を向けてくるが、それはどうだっていい問題だ。金を払ってもらっている手前強く出れないらしい銀時も心底悲しそうな表情で私を見つめているが、もはやそれもどうだっていい問題だ。全蔵の掛け声の元みんなしっかりと準備体操をし出した。あまりの緊張でカチカチの私に月詠がこそっと耳打ちをする。
「…なまえ、大丈夫じゃ、浮き輪がありんす。あれがあれば溺れるなんてこと万が一にもありんせん」
「…絶対無理。水に触れただけで意識なくなるかもしれない」
「…そういう気持ちがダメなんじゃ!これを機会に克服したらどうじゃ?それとなしに銀時と組めるよう神楽たちと作戦を練っておくから、こっちは任せなんし」
さすが吉原一気が使える女 月詠だ。私は頭が上がらないついでに、苦手な水練を克服しろという言葉に少しだけこの海水浴篇に希望が見えた気がした。まぁ確かにいい大人がいつまでも苦手なものから逃げているのはいいことではない。それに水練が苦手だなんていうのを自覚したのももう何年も前の話だ。もしかしたら、今やってみたら意外といけるかもしれない。
「銀さぁーん!私たちの愛の浮き輪はこれ!」
「愛の浮き輪って何だ!オイ腐れ忍者!お前不用意になまえに触れたら絶対ェ許さねェからな!…って引っ張んじゃねェェェ!!!」
「神楽、傘は持ったか。メガネ、新八は持ったか」
「持ったアル!!」
「月詠さん逆です!!!メガネは新八持ちませんから!!」
全開の笑顔で銀時を海に引きずる猿飛に、浮き輪片手に本当に保護者の如く神楽と新八を連れて海へと繰り出す月詠たちを見送り、残された私と全蔵。俺らも行くか、と浮き輪を持った全蔵の腕を私は咄嗟に掴んでしまった。
「待っ…、全蔵!待って、あの、…」
「何だよ、顔色わりーぞ?どーした、怖いのか」
「怖くない、全っ然怖くない!!!!」
「じゃあ何だよ?ジャンプ侍とじゃなきゃ嫌なんて今日は言わせねーからな」
「違くて!海、初めてだから少し緊張してんの!だから、…絶対に手離さないで、お願い!!」
背に腹は変えられず本気の懇願をする私に、全蔵は少し驚いてすぐに嬉しそうにでれっと頬を緩ませた。いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど。手を引かれるままさわさわと音を立てて引いたり満ちたりを繰り返す海辺へとたどり着けば、私の足は竦む寸前だ。意を決してくるぶしほどの高さの水辺に足をつければ、思いの外恐怖がなくなった。内心あ、いけるかも、と思ってしまった。水面の浮き輪を投げた全蔵は私を抱き上げ、その浮き輪の上に私を下ろした。浮き輪の穴にお尻を入れるような形で水面に浮かべば、何だか心地よい気持ちが私を包んだ。
「…あれ、怖くない」
「やっぱり怖かったんじゃねーか。こうしてりゃ溺れる心配もねェだろ?」
「何これ、ぷかぷかして気持ちいい」
「だろ?」
浮き輪の紐を引き、どんどん沖へと向かう全蔵を咎める気はもうなくなっていた。当時は修行の元水練を行なっていたわけだから、浮き輪なんて使うことはなかった。浮き輪があるだけでこんなにも恐怖がなくなるとは思ってもいなかった。それどころかこんな心地よさを感じるとは、浮き輪ってすごい。
ふと前方へ視線を向ければ同じように浮き輪に乗りながらビール片手にぷかぷかと水面に浮いている銀時に、その紐を嬉しそうに引っ張る猿飛の姿が。普通逆じゃねーの、なんて思いかけたが王様気質の銀時とドM気質らしい猿飛の組み合わせを考えれば、あれが正解なのかもしんない。
「お前さん、猿飛にゃ妬かねーんだな」
「言われてみればそーだね。敵と認識してないんだろーね」
「あっちは俺らのこと気になるみてーだけど」
「…本当だね」
ビール片手に持っていたはずの銀時はどこから持ってきたのか双眼鏡を手にこちらを監視している。ひらひらと手を振れば嬉しそうな顔で手を振り返してきた。
「見て、銀時手振ってる、可愛い」
「腹立つから浮き輪ひっくり返していいか?」
「ごめんなさい」
遠くの銀時が猿飛に何か指示を出したかと思えば、渋々といった表情で猿飛たちが私たちの元に寄ってきた。チッと舌打ちをする全蔵に苦笑いをしながら近づく猿飛たちを眺めていた。
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