▼ 謝る私と怒るアイツ 1/2
ひたひたと音を立てながら私に近づく銀時から目を逸らして、さっと弁当箱を後ろに隠せば銀時はピクリと眉を動かした。やばい、怒ってる。完全に怒ってる顔をしている。視線を上げることができずに私は座り込んだまま俯いた。
「何で嘘ついたんだよ」
「…」
「そんで何でこんなとこにいんだよ」
これはどう考えても私が悪い。確かに嘘をついたし、その上彼氏そっちのけでこんなむさ苦しいところに飛び込んで何をしているんだろうか、私は。銀時の着流しの裾が視界に入ったところで、私はようやく顔を上げた。少しも冗談の色もないその表情を見つめながら、私は眉を顰めた。
「嘘ついたのもこんなとこにいるのも、私が悪い…ごめん。…だけどさぁ、…っだけど、…」
銀時を見つめる視界がどんどん歪み出す。私が悪いのに泣くなんて卑怯だ。どうにか堪えようとしても、それが逆効果になってボロボロとこぼれ出す涙を見て銀時は怒ったような表情から一転してえっ?と目を見開いている。
「せっかく頑張ったのに、…雨降ったこと全然残念そうじゃないしさぁっ…!」
「えっ、ちょ、えっ!?」
「全然楽しみにしてなかったんだって、ムカついたんだもん…。むしろこれで二度寝できるわー、みたいなテンションだったしさぁっ…!!」
「ギクッ」
「日輪と月詠が手伝ってくれたから雨で中止になったって言えなくて、…それで地上上がったら上がったで虚しくなって、…そしたらたまたま土方たちに会ったから構ってもらおーと思っただけだもん!浮気なんかしてねーよ!!」
うわーん、と声を上げて泣き出す私に狼狽えだした銀時はびしょびしょに濡れているにも関わらず私を抱き寄せてあやし出した。何で今日はこんなにも涙もろいんだろう。寝不足だから?慣れないことして疲れたから?…違う。全然違う。
「……私だけ楽しみにしててバカみたいだったんだもん…っ」
「ちが、…なまえ、悪かったって、マジで。泣くな、な?…泣くな」
「バカ、もう嫌。嫌い、銀時なんかもー嫌い、死んで」
「…死んでは言い過ぎだろ」
濡れた銀時の着流しに顔を押し付ければ、ぽんぽんと湿った手で私の後頭部を叩く銀時は何も言わずに私を強く抱きしめた。少しだけ落ち着いた私は銀時から離れて眉を下げるその顔を見上げた。
「…二度寝したかったのは、マジ」
「……死ね」
「…弁当期待してなかったのも、マジ」
「……もっと死ね」
「だけどお前が作ってくれんだったら何だって嬉しいっつーの」
「期待してないっつったじゃん!!」
「いや味ね!?味!!!まさかもう作ってあるなんて思ってなかったし、あんな時間から作って雨ん中持ってこさせんのもわりーかなって。後でうちきてメシでも作ってもらえばいっかって思ったんだよ」
「…朝の電話でそーいえばよかったじゃねーか」
「そんなこと言うならお前だってもう作っちゃったーて言えばよかったじゃねーか」
「……」
そりゃそうだ。あそこで意地を張らずに素直に言っていればきっとこんなややこしいことにはならなかった。素直にもう一度謝れば、銀時も「俺も悪かったよ」と私の頭にぼすっと手のひらを乗せた。
「ていうか何でここにいんのわかったの」
「…あ?あー、総一郎君が」
ちょいっと銀時は自身の背後を指差せば、襖から覗く沖田の姿が。きっと睨み付けるとしれっとした表情で襖を開けて室内に入ってきた。
「後で旦那にどやされたくなかったんで、ザキに頼んで旦那に連絡させたんでさァ」
「…ザキ?あー、ジミー君ね」
「ザキに百華の姐さんが愛妻弁当持って土方さんと密会してるって旦那に伝えろって言ったんでさァ」
「ちょっと待てェェェ!!!何嘘の情報流してんだ、総悟テメェェェ!!」
沖田を後ろから勢いよく蹴りかかる土方は何も聞かされてなかったようで、額に青筋を立てて沖田を怒鳴りつけている。またもやしれっとした顔で土方を見上げる沖田はさも悪気のない表情を浮かべている。
「そう言った方が手っ取り早いかと思いましてね」
「俺を巻き込むな、俺を!!」
「なまえ、言っとっけどこの味覚バカに何食わせてもバカみてーにマヨネーズかけっから、食わせるだけ無駄だぞ」
「え、そーなの?よかったー、せっかく作った弁当が無駄になるとこだったー」
「オイ!せっかく拾ってやった恩人に対する態度か!?そもそも最初からいらねーって言ってんだろーが!!!」
「土方、何かごめんね。思わせぶりするだけして、結局食べさせてあげられなくて」
「何で俺が振られたみたくなってんだァァァ!!!」
今日は一段とキレがいい土方のツッコミが屯所内に響き渡った。
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