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「タコさんウィンナーの作り方教えてください」
ひのやに駆け込み裏でお茶を飲んでいた日輪と非番の月詠に頭を下げる私に、二人は何事かと驚いた表情を浮かべた。事のあらましを話せばぷっと笑いを堪える日輪に、苦笑いをする月詠。
「そもそも何故弁当など作ろうと思ったんじゃ」
「昨日みんなで晴太の弁当作ってたら何か楽しくなっちゃって」
「なまえ、あんたは昨日横でつまみ食いしてただけでしょうが。弁当を作るのは大変なんだからね。私いつも4時間はかかるもの」
「…日輪、それはぬしがおかしいだけじゃ」
確かに昨夜何となく日輪と月詠に基本を教わったものの、普段から料理をしない私は味付けのノウハウなんて少しもわからない。料理本を持ってきてくれた日輪からそれを受け取りパラパラとページをめくる。
「ねぇ、この少々って何?」
「少々は少々じゃろ」
「そうね、少々ね」
「だからその少々ってどれくらいのことを言うの」
「「………」」
そのレベルでダメか、と日輪はため息をついている。そもそも吉原の人間で満足に料理が作れるものなんているのだろうか。日輪の作る弁当は豪華で美味しいけれど、容量悪すぎて作るのに本当に4時間くらいかかってるし、月詠だって私と同じで料理といえば鍋くらいしか作れない。男の胃袋を掴めなんて言うけれど、吉原の人間は基本的に男の●玉袋を掴むことしかしてきていないのだから仕方がない。
「タコさんウィンナーって何なの?イモムシさんじゃダメなの?」
「イモムシさんってそのまんまじゃろうが!」
「お願い日輪、教えて!月詠、手伝って!タコさんウィンナーとだし巻き卵と唐揚げ」
「もうあんたって子は…」
額に手を押さえ呆れる日輪と月詠に手を合わせて肩を竦めて見せると、渋々了承してくれた。
そうと決まれば早速調理開始だ!絶対すんげーおいしい弁当作ってやるから、待ってろバカ天パども!!!
・・・・・・
「ぎゃー!日輪!月詠!何これ、巻けない!何でこの卵こんな緩いの!?」
「何でって、だし汁が入っておるからじゃ!あぁ、ぬしそれじゃ炒り卵になりんす!ちゃんと巻きなんし!」
「無理!巻けない!ちょ、月詠やって!巻いて!」
「わっちが!?か、貸しなんし!……何じゃこれは、巻けぬぞ、日輪!!」
「もうあんたたち何やってんのよ!!」
ギャーギャーと喚きながら台所に立つ女三人。まず始めに取り掛かったのは一番簡単そうなだし巻き卵。卵焼きくらいなら一、二度作ったことがあるからと作り始めてみたものの、レシピ通りに卵に調味料を入れた頃にはすっかり緩い液になってしまった卵をフライパンに流し込めば、あまりの緩さに思い通りに卵を巻きつけていくことができずに悪戦苦闘している。
「あーあ、あんたらがちんたらしてるから焦げちゃったじゃないの。特になまえ、やる気あるの?」
「……想像してる卵焼きと違いました」
「……思いの外緩くてうまく巻けなんだか」
「それなら先にタコさんウィンナーやっちゃうわよ」
真っ赤なウィンナーをまな板に出して切り込みを入れる日輪に倣って横で私も同じように切り込みを入れた。…つもりだったのに。あれ?なんか切り離された数本の足。
「なまえ!切れ目はそこじゃありんせん!十字に切り込みを入れるんじゃ!」
「え、十字?」
「あぁもう!それじゃあ真っ二つになっちゃうじゃないの!全部に包丁を入れるんじゃないの、半分だけ十字に切り込みを入れるの!」
「半分だけ、切り込み…」
「あ、今度は上手にできたわね」
「これならできるわ。あ、イモムシさんも作ろ」
余ったウィンナーに横に数本切れ目を入れれば、イモムシさんの完成だ。ていうかイモムシさんの方が可愛いじゃん。そうして熱してフライパンにタコさんとイモムシさんを投入して焦げ目をつければ、何とも可愛らしいウィンナーが出来上がった。
「わーい!できたー!可愛いー!!」
「できたっていうか切って焼いただけだけどね」
「わっちが作ったタコさんもなかなか可愛いな」
「ていうかイモムシさんが一番可愛くない?」
赤いタコさんとイモムシさんが火を通したことでいい具合に反り返っていて、いかにも子供が喜びそうなビジュアルになった。よし、とりあえず一品完成!
「ぎゃー!油飛んだ!熱い!」
「何で鶏肉を油に投げ込むんじゃ!たわけ!」
「だって熱そうだから…」
「もうあんたら火傷するわよ!ほらどきな!…熱っ!!!」
「お前が一番あぶねーんだけど!?」
わちゃわちゃと悪戦苦闘しながら唐揚げを揚げてみたり。
「もう少しおかずほしいわよね。あ、うちエビフライあったわよ。冷凍だけど」
「…うん、入れちゃお」
…冷凍のエビフライを入れてみたり。
「あ、さっきより上手く巻ける!なんかコツ掴んできた!」
「その調子じゃ!…お、綺麗じゃな」
「あら本当だ、結構美味しそうに出来てるわ」
5回失敗したのちようやく形になっただし巻き卵。明太子や鮭、梅干し、ツナマヨを入れたおにぎりを握ってみたり。気が付いた頃にはすっかり夜が明けていた。
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