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すっかり夕焼けに包まれた地上で結局やることを見出せなかった私は、帰り道の河川敷に座り込み沈もうとする夕日を眺めていた。
あのバーさん何者なんだろう。いい人だったな。それにしても、銀時はあの手紙をもう読んだのだろうか。読んだ上で何もアクションを起こさないのか、はたまた本当に留守だったのか知る由もない。
ふと脳裏に浮かんだ銀時と過ごした日々。楽しかった。本当に、銀時といた時間は私は心から楽しんでいた。時にはゲームをしながら友達のような時間を過ごしたり。飽きねーの!?ってくらい身体を重ねたり。銀時のおかげで過去と決別することもできた。とにかく私は銀時の腕の中にいることに、とてつもない幸福感を感じていた。それなのに、手放してしまうなんて、なんてバカげているんだろう。なぜ大切なものを、大切にできないんだろうか。失ってから気付いたってそんなのは後の祭りだというのに。
おもむろに携帯を開けば、穴が開くほど何度も見返した写真に、また胸が痛み出す。勝手に離れておきながら胸が痛むなんて、私はどこまでも勝手な女だ。この携帯に万事屋の名から電話がくることは、きっともうないのだろう。銀時との連絡のために購入したはずのこの携帯は、今となっては月詠と連絡を取るだけのものになっていて、それもまた毎日顔を合わせている私たちだから、あまり意味を成していない。要するにこの写真を見ることと、時間を確認することくらいしか用途がなくなってしまった。
ぎゅっと携帯を握りしめ、私は川に向かって大きく振りかぶった。もうこのカラクリも、私には必要ない。勢いをつけて川にそれを投げ込もうとしたところで、突然鳴り響いた着信音に私はびくっと肩を揺らした。開いた画面には、予想通りの相手の名前があった。
「はいはい」
『日輪から聞いたぞ。まだ地上におるのか』
「あーうん、そう」
『銀時には会えたのか?』
「いや、会えてない。…会えなかった」
『会えなかった?それならぬし何しておるんじゃ』
「夕日が沈むの見てた」
はぁ?と聞こえた月詠の声に、私はけらけらと笑って見せた。いつまでもこうしていては、仕方がない。「もう帰るよ」と伝え立ち上がった私に月詠は心配するような声を上げた。川に背を向けたところで目に入った光景に、私はそのまま声を出すことも、動くこともできなくなってしまった。
『……なまえ?どうしたんじゃ?』
「……あ、ごめん。月詠、あの、掛け直す」
返事を待たずに私は携帯電話を閉じて、目の前にいる人物から目を逸らすことができなかった。同じように黙ったまま見つめられれば、私の心臓は律動を早めた。怒っているわけでも、優しく微笑んでいるわけでもない。少しだけ眉を顰めて私を見つめている。あれだけ言いたいことが頭の中を駆け巡っていたというのに、いざ目の前にしてしまうと、頭の中が真っ白になってしまう。口を開いたり閉じたりを繰り返す私に、そいつはようやく口を開いた。
「……字が、汚ねェんだよ」
手に握られた手紙。持ったまま部屋を飛び出してきたのか、ぐしゃぐしゃに萎れたその紙に書いたたった一言『会いたい』の言葉は、ちゃんと届いたんだ。不機嫌そうにそう一言呟いた銀時は、次の瞬間私の腕を勢いよく引いた。私はされるがままにその腕に抱きしめられれば、瞳から大粒の涙が流れた。
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