Ichika -carré- | ナノ


▼ 読めないアイツ 1/2



重い足取りでたどり着いた万事屋は、以前見た時とは何か違う建物のような気がした。何に見えるかと聞かれると困ってしまうのだが、そう感じたのだ。階段を登りかけた足を下げたり、また上げたりと繰り返した。この姿を人に見られれば、不審者だと思われること受け合いだろう。それでも、何故か前に進めないのだ。日輪は言っていた。何も考えずに、ただ謝れと。それくらいはしなさいと。わかっている。私だって、謝らなければいけないことくらい。わかっている。…だけど、私の心が拒絶しているのだ。銀時に会うことを。勝手なことをしたのに、のこのこと会いに来るなんて、銀時はどんな顔をするだろうか。あの夢のように蔑んだ瞳で、私を追い払うのだろうか。考えただけで、足が竦んでしまう。人のことは平気で傷つけるのに、どうして自分の時になるとこんなにも弱気になってしまうんだろう。つくづく私は自分勝手な女なんだと実感せざるを得ない。


「……ダメだ」


とうとう私の足は階段一段すら上がることはできずに、立ち竦んだまま動かなくなってしまった。踵を返して立ち去ろうとしたところで、私の目に付いたのは一階に入っているスナックだった。と、同時にその戸が開いて中からバーさんが灯りをつけに表に出てきた。何となくその姿を見ていると、私に気付いたバーさんは顔を上げた。


「……」

「なんだい、うちに用かい?それとも上かい?」

「あー、いや。…上に用があったんだけど、いなくて。ちょっと紙とペン貸してくれません?」


突然の私の頼みに少し驚いたような顔をして、すぐに顎を店内にしゃくって見せた。軽く会釈をしてそのバーさんについて店内に入ると、結構年季の入った店内にはそのバーさん以外には店員らしき姿は見当たらない。煙草を吸いながらゴソゴソとカウンターを漁るバーさんは、あったあったと数枚の紙とペンを差し出してきた。


「突然すみません、不躾な頼みを」

「なに、気にする必要はないよ。上のバカ共、ロクに仕事もないくせにほっつき歩いて、何してんだろうねぇ」

「…はは」


いや正確にはいるかもしれないんだけど。咄嗟についた嘘のせいで万事屋に悪態をつくバーさんに愛想笑いをするしかできず、すぐにペンをとって一言だけ書き記した。なにも考えずに簡潔に書いたはずの内容を改めて見直せば、「今まで振り回してごめんなさい」とただの別れの挨拶となってしまっていて、私は思わず頭を抱える。


「いや、こういうことが言いたいんじゃないんだけどな…」


黙ってその様子を見ていたバーさんは、その紙に視線を落としたかと思えば、すぐに私の顔をちらりと見つめた。


「あんた、まさか銀時の」


これかい?と小指を立ててみせるバーさんに、私は曖昧に笑って肩を竦めた。ふぅっとタバコの煙を吐いたかと思えば、なるほどねぇと頷くバーさんに私は怪訝な表情を向けた。


「私のこと知ってるんですか?」

「吉原の子だね?話は聞いてるよ。ウチのバカが世話んなってるみたいでね。早いとこ婿にもらってくれないかい?」

「いや、これ見てわかる通り、私らもう終わったんですよ」

「……じゃあ何でわざわざこんなもの渡しに来たのさ」


…そりゃそうだけども。別に深く話す必要はないかと、私はそのまま口を閉ざした。それにつられて私の思考も停止してしまったのか、なにを書けばいいのかわからなくなってしまった。確かに終わったというのに、私はわざわざ何をしに来たんだろう。謝らなきゃという一心でここまで来たものの、謝ったとして、だから何だというのだ。ただ謝ってスッキリしたい?振り回してごめんと言えれば、私は満足なのか?


「何があったか知らないけど、言いたいことはちゃんと面と向かって言うべきだと思うがねぇ」

「……」


グウの音もでない。おっしゃる通りだ。でも私の足はあの階段を上がることができない。足が竦んで、息ができなくなってしまう。情けないことこの上ない。でも、このまま会わずに帰っていいものなのか。こういうのはあまり時間を置いてしまうと、どんどん気まずさを増してしまう。でも、でもと私の頭の中はどんどんこんがらがっていく。あー!と声を上げて、先ほど書いた紙をぐしゃぐしゃに丸め、新たにもう一枚に一言言葉を書きなぐった。それを見るなりバーさんは、ふん、と満足そうに笑った。


「これ、渡しといてもらえますか」

「初対面のババアに次々頼みごとするなんて、あんたなかなか図太い女だね」

「お褒めの言葉として受け取っときます。じゃ、お願いします」


頭を下げてスナックを出た私はもう一度二階を見上げた。万事屋銀ちゃんと書かれた看板が目に入れば、自然と目が細くなる。すぐに視線を落とし、私は行くあてもなく、よくも知らないかぶき町をふらふらと歩き回るしかできずにいた。




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