Ichika -carré- | ナノ


▼ 健気なアイツ 1/1



月詠と別れ、一週間ぶりに帰宅した我が家は、一見なにも変わっていないように見えた。月詠の言葉を思い返しながらぼんやりと室内を見渡すと、私は少しの違和感を感じた。普段から部屋の中は綺麗に保っている方だと思う。一週間開けたとはいえ、一週間前と比べてもさほど何か大きく変わったことはないような気もするが、何かが違う。


「…?」


すん、と鼻を吸い鳴らしてみると、私の部屋の匂いとはわずかに違う別の匂いを感じ取った。なんだかわからない匂いだが、…落ち着く。ふと台所に置かれたゴミ袋を見て、一瞬息が止まってしまった。


「…何、これ…」


ゴミ袋いっぱいに入ったビールの空き缶。私はこの銘柄のビールを好んで飲まない。ということは、誰かがこの家にいたということになる。徐に冷蔵庫を開けると、山積みになった団子のパックが目にとまり、私の視界はどんどんと歪んできた。私の家に来るたび、団子を手土産にしていた一人の男。それしか、考えられない。


「……銀時」


私がいつ帰ってもいいように、ここで寝泊りをしていたのか。通りで落ち着く匂いが部屋を充満しているわけだ。瞳から溢れる涙を必死に拭って、私は自分の愚かさを呪った。何も告げずに突然行方をくらまし、その挙句元カレの元に身を潜め、迎えにきたであろう銀時に、一方的に別れを告げるなんて。なんてことをしてしまったんだろう。自身の中に明確な理由があったにせよ、それを伝えなければ、何の意味もない。勝手だと罵られても、何も言い返すことはできなかったのは、私に落ち度があるとわかっていたから。それなのに、勝手にいなくなった私を迎えるために、ずっとここで待っていてくれたんだ。団子まで用意して、本当はこのビールだって、一緒に飲むために用意してくれていたのかもしれない。

涙が、止まらない。
私はこんなに愛されていたのに、なぜ不安を打ち明けることができなかったんだろう。もっと早くに月詠や銀時に、この不安を打ち明けることができていたら。傷つけることも、心配をかけることもなかった。それに、全蔵を傷つけることもなかった。私はどこまで自分のことしか考えていなかったんだろう。真実に向き合うのを恐れて、与えられる愛から目を背け、楽な方へ楽な方へと逃げてしまった。


「…っ、……」


袂から携帯を取り出して、開いた画面に映るいつかの二人の写真。突然頬にキスをしてきた銀時を咎めたっけ。それを見ていた神楽と新八になじられたっけ。熱を出した私をずっと介抱してくれたり、チョコを渡した時は大袈裟に喜んでくれてたなぁ。付き合うと決めたときのこと。初めて結ばれたときのこと。大した月日は経っていないはずなのに、随分昔のことのように感じるのは、心が離れているせいなのか。もう、終わってしまったせいなのか。


『お前は本当に、自分勝手なヤツだな』


そう言って私を捉えた冷たい瞳を思い出すと、胸が締め付けられたように苦しくなる。今すぐに会いに行きたい気持ちと、拒絶されるかもしれないという不安。何度も頭の中で交わっては不安が勝る。振り回すなと一蹴されてしまうかもしれない。拒絶されてもおかしくないことを私はしてしまったのだ。当たり前だ。あれだけ浮気を許せなかった私が、それを自らがしてしまった。未遂で終わったとはいえ、身体を許してしまった。そんな私がいま銀時に会う資格なんて、あるのだろうか。どのツラを下げて、よりを戻したいなんて言えるのだろうか。


「……言えるわけ、ねーよ…」


裏切った側の人間が思う以上に、裏切られた側の人間の心は深く傷つくものなのだ。私は身をもってそれを理解していたというのに。月詠はああ言ってくれたけれど、それはあくまで私側の気持ちであって、銀時の気持ちは何も考えていない。銀時は私に幻滅しただろうか。汚い女だと思っているだろうか。何度考えても、答えは出ない。それを確かめられるほど、自信がない。もうわからない。確かにある銀時への気持ち。だが、もう銀時の気持ちがわからない。私が手を離してしまったから。
小さなカラクリの中に映る幸せな二人を抱いたまま、私は静かに泣き続けた。

銀時の隣にいる資格なんて、私にはもうないのかもしれない。




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