Ichika -carré- | ナノ


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「月詠、話がある」


屯所で開かれた宴会もそろそろ終わりに近づいた頃。へべれけに酔い潰れる団員の世話をしていた月詠に声をかけ、外へと連れ出した。月詠は私が何の話をするつもりなのかわかっているように、申し訳なさそうに眉を下げている。屋根に上がり並んで腰をかけた私は、そんな月詠に笑いかけた。


「何でお前がそんな顔してるんだよ」

「…日輪から、少しだけ聞いている」

「…そう」


俯く月詠から目を逸らして空を見上げれば、こちらを覗く月にはまたいつかのように雲がかかっている。それを見て思わず苦笑いをした私は、再び口を開いた。


「…銀時のこと、好きなんでしょ」

「……」


口を噤むのも、無理はない。とんだ不躾な質問だということは十分に理解している。だけど、私は確認したかった。月詠の口からちゃんと聞きたかった。


「私、この一週間全蔵のところにいたの」

「やはりそうじゃったか…」

「で、今日の昼間銀時がそこにきて少し話して、…私たち別れたの」

「……え?」


全蔵の元にいたことは驚いた様子を見せなかった月詠も、別れたという言葉に驚愕した表情を浮かべた。自嘲するように笑いかけると、勢いよく立ち上がり、私の両肩を思い切り掴んだ。眉を下げて、今にも泣き出しそうな顔の月詠に、私はまた小さく笑った。


「わっちの、せいで…?」

「…そうとも言うし、そうじゃないとも言うね」

「それは、どういう意味じゃ?」


わなわなと口を震わせて私を見つめる月詠に、座るように促すと、眉を下げたまま肩を落として私の横に座り直した。ここまできてしまった以上、もう月詠に何も隠すつもりはない。素直に私の気持ちを話すべきだ。


「何度も言うように、私にとって一番大切な存在なのは、やっぱりお前なんだよ。お前が笑ってるだけで、私は十分に幸せなんだ。唯一の家族みてーなもんだからな。でも私のせいで、…私が銀時といることで、お前が気持ちを押し殺さなければいけないなら、それはやっぱり間違ってるんだよ。お前にそんな思いをさせてまで、私は銀時と一緒にいることを選ぶことはできない」


真っ直ぐに月詠を見据えると、俯いていた月詠も顔を上げて私の瞳を見つめ返した。家族というものがなかった私には、幼い頃から共に過ごしてきた月詠という存在が、自分よりもよっぽど大切なのだ。血の繋がりは無くとも、いや、むしろないからこそ、ここまで大切に思えるのかもしれない。他人に理解なんてされなくていい。私たちの絆は、それほど強く結ばれているから。互いがそれをわかっていれば、十分なのだ。


「……じゃあ聞くが、ぬしが身を引いたことで、仮にわっちがあやつとどうにかなったとしよう。それで、わっちが喜ぶとでも思うのか」

「……」

「わっちが手放しにその幸せを喜べると思うのか。なまえ、ぬしがわっちを大切に思うように、わっちもぬしを大切に思っているんじゃ。仮にぬしが銀時と別れようと、仮に銀時がわっちを好きになろうと、わっちはあやつと結ばれるのを選ぶことはありんせん」


わかっていた。月詠がそう言うだろうということは、わかっていた。だけど、もうわからなくなってしまった。銀時といる幸せと月詠の笑顔を護る幸せと、どちらを選ぶことが正解なのか、もうわからなくなっていた。意固地になってしまっているのは確かだ。だが、現に銀時とは終わってしまった。もうどうすることもできないじゃないか。


「なまえ、正直に言おう。わっちは確かに、銀時に特別な感情を抱いていた。それは嘘じゃありんせん。だが、それは少しだけ間違いだったとあの愛染香のことがあった時、気付いたんじゃ」

「…間違い?」

「あの時は確かに香の効果で、あやつへの感情が暴走しんした。じゃが、同時に違和感を感じた。あの香に侵されていても、拭えない違和感。…何じゃと思う?」


私は小さく首を横に振ると、月詠は眉を下げたまま柔らかく笑った。その笑顔が本当に優しくて、意味もなく、涙が滲みそうになる。


「わっちは銀時が好きなわけじゃなかった。ぬしの隣で、ぬしを笑顔にしてくれるあやつに、特別な感情を抱いていただけじゃった。好きだ何だというそんな温い感情じゃない。心の底から感謝しているんだと、気付いたんじゃ」

「…感謝?」

「ぬしがいなくなってから、わっちは欠片も銀時のことなんて頭になかった。何かしたのかと銀時に詰め寄ったりもした。そこで気付いたんじゃ。ぬしの存在があっての、銀時なんだと。ぬしを悲しませていたのが、まさかわっち自身だとついぞ気付かなんだ。だが、わっちはぬしの幸せを一番に思っていた。それなのに、己の気持ちもろくに理解せずに、わっちはぬしに勘違いをさせてしまった。…すまなかった」


口を開いたまま、私は月詠の言葉の意味をゆっくりと理解していった。月詠は銀時に感謝?私の隣にいるから?私を、笑顔にしてくれるから?銀時が…。


「わっちはどこまで行っても、ぬしが一番大切なんじゃ。ぬしの幸せの道しるべを作ってくれるのは、銀時なんじゃ。だから、ぬしの幸せを願うと同時にわっちは銀時の幸せをも願っていることに気付いた。…それが、ぬしの幸せであると、気付いたからじゃ」

「…っ」

「泣くな。なまえ、わっちが己の気持ちに気付くことが遅れたばかりに、ぬしを追い詰めてしまった。すまなかった。じゃが、もう何も気負う必要はない。ぬしは、銀時と幸せになることだけを考えなんし」


ボロボロと月詠を見つめる瞳から、涙がこぼれ落ちた。今日一日で私はどれだけの涙を流すんだろうか。それでも月詠の本心に触れることができて、私は溢れる涙を止めることができなかった。月詠が銀時を好きじゃないということに、安心したのはもちろんだが、それ以上にここまで私を思ってくれているなんて。普段から思ったことを口に出さない月詠が、私の誤解を解こうとこんなにも饒舌に自分の気持ちを吐露するなんて。私はこの上ない嬉しさに言葉に詰まってしまう。


「ちゃんと話せば、銀時だってわかってくれる。きっと大丈夫じゃ。今日は疲れたじゃろう、ゆっくり休みなんし。明日は非番になっておるから、気持ちの整理をするなり、やつに会いに行くなり、好きにしなんし」


優しく笑う月詠の表情に、私の瞳からは先の涙を追うように、次々に涙が頬を走った。「気持ちの整理」という言葉。私がすぐに自分の気持ちの切り替えができないことを知っている月詠の言葉に、また胸が苦しくなる。月詠はいつまでも泣き止まない私に見兼ねたように笑って、その細い腕で私を抱き寄せた。


「もう何も迷うことはありんせん。安心して、わっちや銀時にもたれなんし」


暖かい月詠の言葉が、私の頑固な心を溶かしてくれた気がした。



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