Ichika -carré- | ナノ


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「あーあ、ようやく戻ってきたのかと思ったのによ、ったく」


私たちは縁側に並んで腰を下ろし、いつの日かのように空を見上げながら酒を飲んでいた。あれから私が泣き止むまでずっと何も言わずに抱きしめてくれていた。ようやく泣き止んだ私に「うわーんってガキか」とか「オイ、鼻水垂れてんぞ」とか随分辛辣なセリフを吐きかけた全蔵は、すぐに優しく笑って「酒でも飲むか」と縁側を指差した。


「…全蔵、ごめん。本当に、ごめん」

「そんなトーンで謝んなよ。告白する前から振られてるみたいじゃねーか」


俯く私にはぁっとため息をついて口を尖らせた全蔵は、自身の顎を人差し指でぽりぽりと掻きながら、困ったような表情を浮かべた。いくら全蔵相手とはいえ、私は本当に最低なことをしてしまった。謝っても、謝りきれない。


「なまえ、お前にゃやらなきゃなんねェことが3つある」

「やらなきゃなんないこと…」


ぴっと三本指を立て私を見据える全蔵に、私もその指へ視線を移した。先ほどまでのおちゃらけた様子はどこへやら、随分と真面目な顔をしているもんだから、私は自然と背筋を正した。


「まず一つは、今夜吉原に帰れ」

「…」

「そしてもう一つは、百華のお頭に謝れ」


全蔵の言葉一つ一つを、ぼんやりとした頭でゆっくりと理解していった。全蔵は私はここにいるべきじゃないと言っているのだ。何もおかしいことはない。私は静かに頷いた。


「そして最後の一つは、…あのバカ侍とちゃんと話せ。別れる別れねェは、それからでも遅くねェだろ?」


私は思わず目を見開いた。全蔵が銀時との関係に肯定的な発言をすると思っていなかったから。…銀時と、話す。でも、今更何を話せばいいのか。遅くないも何も、私たちは先ほど終わってしまったのだ。そんな勝手な言い分、聞いてもらえるかどうか。


「お前さんが勝手なヤツだってことは、俺もアイツも、お頭だってわかってるんだ。それが今更覆ることはねェんだから、やれるとこまで自分勝手になってみろよ」

「…ムカつくけど反論できねー…」

「今更弱気になってどうする。らしくねーんだよ」


じっと全蔵を睨み付けると、ニッと口角を上げて私の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。それがくすぐったいのに、励ますような、背中を押してくれているようなその手のひらに、私は恨み言一ついう気分にはなれなかった。全蔵はおもむろに立ち上がり、綺麗に畳まれた私の着物を手に戻ってきた。それを受け取り、私は全蔵を見上げた。


「少しの間だったけどな、またお前と恋人みたいな生活ができて楽しかったよ。もう二度とできねェと思ってたからな」

「…全蔵」

「まァ、もし修復できなかったら、今度こそ俺んとこ戻ってこいよ。いつでも歓迎だ」


またおちゃらけたように笑う全蔵に、頷くことも言葉を返すこともなく、私はただ笑って見せた。それで満足といったように、全蔵はまた部屋から出ていった。急いで着替えて、昼に銀時から受け取った携帯を開くと、何も変わらない待ち受け画面が映し出されていた。着信履歴にはページ全てを埋め尽くす勢いで、月詠の名前があった。携帯置いてってるっつーのに、かけたって出るわけねーじゃん。本当、バカなヤツ。なんて心の中で悪態をついたものの、私の瞳には涙が滲んでいた。私の勝手な行動でどれだけの心配をかけたんだろう。考えただけで、罪悪感に胸が張り裂けそうになった。


「終わったか?近くまで送ってくよ」


ひょいっと襖から顔を出した全蔵に、私は小さく首を振った。


「大丈夫。一人で行ける」

「…あ、そう?」

「…ねぇ、全蔵」

「なんだよ」


「…ありがとう。私、お前と付き合えて、よかった」


私は全蔵に向き直り、その瞳をまっすぐに見つめた。出会ってから今まで、全蔵は本当にずっと私の支えだった。例え一度終わった関係とはいえ、それが変わることはなかった。全蔵がいてくれたから、今の私がある。大袈裟だと笑われてもいい。本当に、本当に感謝している。だけどいつか日輪が言っていた『応えてあげられないなら、その気持ちはただのエゴよ』という言葉。今なら身に染みてわかる。私の曖昧な気持ちで、全蔵を傷つけてしまっていた。私は例え銀時とどうなろうとも、もう全蔵とよりを戻す気はない。きっと、全蔵も本当はわかっている。


「俺も、愛した女がお前でよかったよ」


そう優しく微笑む全蔵の笑顔を背に、私は屋敷を後にした。もう一度心の中で、ありがとうと呟いて。





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