Ichika -carré- | ナノ


▼ 2/2



これだけ広い屋敷だというのに、埃一つない寝室は全蔵の生活スタイルが見てとるようにわかった。ヒゲヅラの男が一人邸内を掃除していることを想像しただけで、こみ上げる笑いを抑えられない。


「オイ、何笑ってんだ」


私を後ろから抱きすくめるように、布団に寝転がる全蔵の声が、背中を通して振動とともに聞こえて、私は静かに目を閉じた。


「ていうか何で毎日毎日同じ布団で寝なきゃいけないの。暑苦しいんだけど」

「いーだろォ?昔だってずっとこうしてたじゃねェか」


まぁ、それはそうなんだけど。ただあの頃と全くと言っていいほど違う関係性に、心の中にもやもやと浮かぶ罪悪感が拭えない。


「…これって、一応浮気になんのかな」

「さァな」

「……」

「どちらにしても、真っ当なことはしてねェよな」

「……」


この屋敷に来てから、全蔵と同じ布団に寝てはいるものの、こうして寄り添い眠るだけで、何かしでしてくることは一度たりともなかった。きっと私が拒むのをわかっているし、私も全蔵が私と銀時の関係を泥沼化させたいわけじゃないと知っている。そんなことを望んでいるわけじゃない。この男はそういう男だ。ただこの光景を見て、銀時が何を思うのかは別の話だが。どう考えても微笑ましい光景ではないことは確かだ。


「ちゃんと、銀時とは別れるから」

「…あ、そう」


さも興味なさげにそう呟いた全蔵は、伸ばしてきた手を私の顎に添えた。親指でさするように喉元を撫でて、私のうなじに顔を埋めた。もっさりと生えたヒゲがうなじをくすぐって、私は閉じた瞳をもう一度開いた。

自分で勝手に飛び出してきておきながら、ふと考えてしまうのだ。銀時は今何してるだろうとか、「あ、連絡しなきゃ」とか。そしてすぐに現実に戻って、もうその必要はないのだと思い直す。きっと銀時は私の生活の一部になっていた。というより、私の一部になっていた。それが突然なくなってしまったものだから、私の出来の悪い頭はその変化についていけていないでいる。

月詠は今何しているだろうか、吉原は何事もなく平和な日々を過ごせているだろうか。私は職務を放棄するつもりはなかった。…だけど、あそこに戻るには少し時間が必要だった。もし戻ったとしても、今まで通りの地位にいられるかどうかは、また別の話だけれど。副頭領ともあろう人間が、理由も告げずに身勝手に吉原を飛び出してきてしまった。私が百華の連中だったら、そんなことを許すわけはない。処断されたとしても、私は何も言えるわけもないのだ。それでも、私の居場所は吉原にしかない。銀時を失い、例え月詠と銀時が結ばれたとしても、私はずっとここにいるわけにはいかない。吉原は私の故郷なのだから。あの町を護ることが、月詠の笑顔を護ることが、私の唯一の使命なのだから。

…何を犠牲にしても、そうすると決めたのだ。例え、それがどんなに愛した男だったとしても。


「寝ねェのか」

「…お前のヒゲが当たって寝れねーんだよ」

「言っとくけど、絶対ェ剃らねーからな!これは俺のアイデンティティなんだよ」

「随分くだらねーアイデンティティだなぁ」


けらけらと笑う私に全蔵もつられたように笑い出した。これでいい、これでいいんだ。互いに互いをよく知った関係だ。何も危惧することはない。銀時と別れ、このまま全蔵の腕の中にいることを選べば、全てが上手くいく。暗示にも似た言葉を、この数日何度も脳内で反芻した。

私は、つくづく自分のことしか考えていない、愚か者だ。




prev / next
bookmark

[ back to main ]
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -