Ichika -carré- | ナノ


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銀時たちから逃げるように四方八方の煙を絶ちに向かい、ひのやへ駆け込んだ私は、日輪に事の顛末を話し、町の皆を匿ってもらうよう頭を下げた。それに関しては二つ返事で頷いた日輪だが、今度は心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「なまえ、あんたそんな状態の銀さんと月詠を二人にしてきたっていうの?」

「どうしても見てられなくて、つい」

「あんた、バカね。もし何かあってからじゃ遅いわよ。いくら信用している二人とはいえ、惚れ薬に当てられた男と女。万が一ってことも…」

「いやでもアイツらに限って、そんなこと」


ないと言い切れないのは、あの香のせい。月詠が人の男を寝取るような女でないことは私が一番よくわかっている。銀時だって、私以外の女に、そんなこと、あるわけ……。
『だけど神楽も月詠も俺のハニーだ』
私は先ほどの銀時の言葉を思い出し、ハッとした。


「ぐずぐずしてないで、早く戻んなさいよ」


日輪の言葉より先に、私の足はその場を駆け出していた。そんなことあるはずないとわかっている。だけど、思い出すだけで胸が苦しくなる。私以外に向けられた、あの優しい表情を思い出すだけで。先ほど銀時達を置いて行った場所には、男たちが人たがりを作っていた。そいつらを押しのけようとしたところで、その内の一人の男が殴り飛ばされているのを目の当たりにした。


「オイ、俺の女に手ェ出すな」


私は聞こえてきた銀時の言葉を聞いて、胸がどきりとした。…俺の女、とは。明らかに私に向けられた言葉ではない。男たちが邪魔をして、なかなか銀時たちの元へたどり着けない。


「死神太夫は俺の永久指名だ。誰にも指一本触れさせねェ」


私の存在に気付いていない銀時が、この言葉を向けている相手は、他でもない、月詠だ。…わかっている、わかっているのだ。これは全て、愛染香の所為だということくらい。私にだって、わかっている。それなのに、頭がくらくらとして呼吸がままならない。男たちを蹴散らす銀時から逃げるように、咄嗟に建物の陰に隠れた私は、普段からは考えられない二人の雰囲気を盗み見ることしかできなかった。町の女たちも銀時たちに群がり、何やらやり取りをしているが聞き取れない。少し近寄ろうと、足を向けようとした時、私の心はいよいよ限界を迎えることとなった。


「何さっきからカリカリしてんだ、ひょっとして他のハニーにやいてんのか?」

「んなワケあるか!ぬしにはなまえがおるじゃろうが!」

「俺ァ老若男女、全ての人間に平等に接しているだけだ。…それとも何か?お前だけに優しくしろとでも」


…銀時、お願いだから。


「そ、そんなこと…誰も!」

「いいぜ、別に…」


それ以上は、…言わないで。


「お前が望むなら、俺はお前だけのものになってもいいよ。…その代わり死神太夫、お前も落籍される覚悟はあるんだろうな」


至極真剣な表情で月詠を捉える銀時に、月詠は顔を真っ赤にして、銀時の着流しを摘んだ。私はその光景を見て、心臓が止まってしまったような感覚に陥った。指先からどんどん体温が下がっていくのがわかった。足が棒のようになって、その場から動けない。立っているのかすらもわからなくなるほど、私の思考はショートしてしまっている。

月詠は銀時のことを想っているのは知っていた。だけど、月詠が私の幸せを願うなら、私はその気持ちに見て見ぬ振りをして、自身の幸せを全うすればいいと思っていた。でも、それは違ったのかもしれない。私が銀時を選ばなければ、きっと月詠だって幸せになれていたはず。きっと銀時だって、私じゃなきゃいけない理由なんてないはず。月詠の気持ちに気づいていないだけで、もしその気持ちに触れることがあったなら、もしかしたら銀時は月詠を選んでいたかもしれない。…邪魔をしたのは、私の方だったのかもしれない。

気付けばその場を走り出していた。もうアイツらの前に姿を現して、普通に接することなどできそうになかった。現に、私の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。全ての元凶は、愛染香だということは、わかっている。だけど、私は根本的に間違っていたのかもしれない。あんな月詠の表情を見せられてしまっては、そう思わざるを得ない。銀時と月詠のどちらが大事かなんて、そんなのは愚問だ。それでも、私は銀時の傍にいることを選んでしまった。きっと、それが大きな間違いだったのだ。


「珍しいねェ、お前さんがそんなツラしてるなんて」


突然向けられた聞き慣れた声に、私は涙を拭いもせずにその声の元へと顔を上げた。建物の屋根から私を見下ろすその男の口元は、緩く上がって見えた。


「……全蔵」

「どーしたんだ、あのバカと喧嘩でもしたか?」


音も立てずに屋根から飛び降りて、私の前に立ちはだかる全蔵を見つめる瞳から、とめどなく涙が流れた。なぜこんなところにいるのか、愛染香の毒牙にはかかっていないのか、聞きたいことはたくさんあった。それなのに言葉にならない感情が、涙に代わって溢れ出して、止まりそうにない。…そうか、私が選ぶべき場所は、あそこじゃなかった。


「なまえ?」


気が付けば私は全蔵の胸に飛び込んでいた。少し驚いたような声を上げた全蔵は、そんな私を咎めることもなく、静かに頭を撫でながら優しく私を抱きしめた。冗談っぽく、それでも真剣な声色で、全蔵は呟いた。


「…やっと俺んとこ、帰ってくる気になったか?」



瞼の裏に浮かぶ、優しい笑顔。

『お前が俺の手ェとって歩けるよーになるまで、いなくなったりしねェから』
『お前は何も考えずに、俺だけ見てりゃいーから』
『なまえ』

その大好きな優しい笑顔を掻き消すように強く瞼を瞑って、言葉を返すことなく全蔵の胸に顔を埋めた。

…私がこの場所を選べば、全てが上手くいくんだ。




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