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あれからすっかり夕暮れまで眠りこけてしまった私は、鼻を掠める夕飯のいい匂いに目を覚ました。もぞもぞと銀時の腕の中で寝返りを打ち、まどろみの中でその匂いが何なのかを考えていた。…肉じゃが、じゃない。何だろう。甘じょっぱくて、匂いだけで涎が口の中に広がるほど美味しそうな匂い。
「…すき焼きだ」
突然頭上から聞こえた声に私は目を見開いた。まるで心を読まれているかのような言葉に、声の出処へと顔を向けると、いつにも増して瞼の重い銀時の優しい瞳が私を写した。
「…夕飯、すき焼きっつってたわ。いい匂いすんな」
「…ね、私も匂いで目が覚めちゃった」
上体を起こし欠伸をする銀時につられ、私も大きく欠伸をした。そんな私に微笑み小さくキスを落とした。寝室の戸を開けると、美味しそうな匂いが鼻いっぱいになった。
「あ、銀さん、なまえさん!今ちょうど起こしに行こうかと思ってたんですよ」
「早くするヨロシ!なまえ、今日はすき焼きアルよ!銀ちゃんとなまえが付き合った記念で、奮発したアル!」
「そーなの?ありがとー神楽。可愛いなぁ、お前は本当に」
私の胸に飛び込んでくる神楽を抱きしめ返し頭を撫でた。ガキは好きじゃないけど、神楽と晴太は別格だ。可愛いのなんの。孫が可愛いジジババの気持ちがわかるなぁ。いそいそと食事の支度をする新八の手伝いをと台所へ向かうはいいが、卵落として叱られたり、危うく鍋をひっくり返しそうになったり。完全に邪魔しただけの私は銀時に「大人しく座ってろ」と怒られて、素直にソファについた。準備が整ったところで、銀時はパンッと手を叩いた。
「んじゃまぁ、今日はなまえと俺の門出を祝う会っつーことで」
「自分で言っちゃうんですかそれ」
「跡目を争う会っていうことで!」
「神楽、それじゃ殺し合いみたくなっちゃうから、私別に銀時の命狙ってないからね」
「何はともあれ、なまえさん、銀さんをもらってくれてありがとうございます!」
「ありがとアルぅ!」
「「かんぱーい!」」
大人組はビールを、子ども組はオレンジジュースを手に、グラスをカチンと合わせあった。団子以外の食事をしたのはいつぶりだろうか。昼間にパフェを食べたが、あれは完全にデザートだったし、よく考えてみれば私は日々団子しか食べてない気がする。気を利かせて鍋の食材をよそってくれた新八にお礼を言うと、嬉しそうに頬を緩ませた。
「なまえさんは料理とかしないんですか?」
「新八、聞いてくれるな。さっきのアレで察してやれ」
「あーうん、しないね。こう独り身だとついつい手抜いちゃうんだよね」
「こうみえて意外と料理上手、とかギャップあるかと思ったけど、見たまんまアルな!」
「神楽ぁ、こう見えてって何だ。お前には私がどう見えてんだ、こら」
「銀ちゃん2号ネ」
やかましい神楽の取り皿にコッソリと春菊を投げ入れ、仕返しをするも何も気にせずパクパクと食べている。恐るべし最近の子ども…!春菊食えるんか!
「なまえ、春菊嫌いアルか?」
「嫌ーい。とんでもない味すんじゃん。ついでに椎茸も嫌いだし、木綿豆腐も嫌い」
「いやこの前お前んちですき焼きした時全部あったじゃん?」
「いや一応雰囲気で用意しただけ」
「じゃあなまえさんは何が好きなんですか?」
ビールを飲み干しながら考えてみるも、特に思い浮かぶものがない。好きなものか、何だろう。銀時は気にもとめずに肉ばかりかっ込んでいる。大人気ないなコイツは本当に。
「団子じゃん?あとは、ビール、いも焼酎、塩辛」
「あ、…あぁそうなんですか。もう何だか予想通りすぎて面白くないですね」
「マダオでしかないアル!心なしか顔も銀ちゃんに似てきた気がするネ」
「いや神楽ちゃん、流石にそれはなくない?私こんなひどいツラしてねーよ」
「オイこらテメー、どういう意味だそれ!」
銀時の言葉にどっと笑いが起こった。普段から月詠か日輪、もしくは百華のやつらといることが多い私ではあるが、こんな形で人と鍋を突き合うなんてことはほぼないに等しい。人と共に摂る食事というのは、こんなにも楽しいものだったのか。通りで酒も進むわ、肉も取り合うわ、何だか気持ちが温かくなるわけだ。普段は今日のように予定がなければ、万事屋に足を運ぶことは少ないが、こんなに楽しく食事ができるなら、たまにはふらりと訪れてもいいかもしれない。その時は何も知らずにすき焼きを豚肉で食べている子供達に、黒毛和牛でも手土産に持って。
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