彼のことを名前で呼ばなくなってからどれくらい経ったのだろう。
小4の時に同級生から揶揄われたのが原因だった気がする。でも、今となってはその記憶すら曖昧で、彼のことを名前で呼んでいたという過去の事実でさえ嘘の出来事なのかもしれない。

彼の家と私の家は隣同士で、漫画でよく見る窓同士で行き来ができるような部屋配置である。同い年の子どもがいるということで母親同士が仲良くなるのも早かったと聞いている。
そう、彼と私は所謂幼馴染なのだ。
とは言っても、中学は私が公立の中学へ転校したため離れ離れで、軽く見積もって小学校の卒業以来話したことがない。
何故だと問われたら返答に困るのだが、たぶんきっかけやらなんやらがなかったからだ。

「なまえって幼馴染とかいるの?」

「いるにはいるんだけど、小学卒後以来話してないから幼馴染って呼べないかな」

「男?女?」

「彼に特別な事情がない限り、男」

「なにそれ」

「だって、人間何があるかわからないじゃん」

友人からの突然の話題に真顔でそう答えると、ひとしきりお腹を抱えて大笑いした友人から「まあ、そうだけど」という前置きがあってからとんでもない一言が飛んできた。

「明日の土曜日に氷帝でうちの学校が練習試合するんだって、見に行かない?」

「幼馴染の話からなんでそうなるの」

「なまえって氷帝出身でしょ?その子に会えるかもよ」

「いや、別に会いたいとは思ってないから」

そうやって断ったけれど、友人から「跡部様が見たいの!なまえを口実に使わせて!」と手を合わせて頼まれてしまった。
うちの学校が練習試合で行ってるんだから別に口実なんていらないじゃないかと気がついたのは、氷帝学園についてからだった。

「人がすごい……」

「ねえ、練習試合って男テニだったの??」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

男テニが練習試合だと知っていたらついてこなかったのに。
彼がテニス部のレギュラーになったとお母さんから聞いたときはびっくりした。
だって、氷帝学園の男子テニス部はうちの学校よりもかなり部員が多いからレギュラーになるなんて思わなかったんだもん。

「私あっちいるね、人酔いしそう」

「わかった、何かあったら連絡して」

テニスコートから少し離れた場所に木陰を見つけたのでそちらに移動する。
しかしまあ、こんなにファンというか応援というかギャラリーというかめっちゃいるのびっくりする。
きゃーー!と黄色い悲鳴が聞こえたと思ってコートを見ると大体跡部先輩だし、懐かしい顔がコートに並んでいた。

携帯をいじりながら友人たちが満足するのを待っていると、テニスボールが飛んできた。
ノーコンかよ。転がって、私の足元で止まったボールを拾う。
久しぶりにテニスボールに触ったなぁ
。そういやちょたもノーコンだったな、なんて懐かしさに浸っていたら久々に見かける顔が走ってきた。

「すみませ……なまえ?」

「ちょた…。これちょたが打ったボール?」

「うん、なまえはどうして氷帝に?」

「今日のテニス部の練習試合の相手が私の学校で、友人が跡部先輩見に行きたいっていうから付き添い」

「そっか、久しぶりだね」

「そうだね。なかなか会わないしね」

嘘。私が意図的に避けてる。
ちょたの家に行く機会なんてたくさんあったけれど、会いたくなくて避けてた。
きっと、ちょたはそんな私の気持ちを分かっているから黙ってくれているんだろう。そんな優しいちょたが幼いながら好きだった。

「ちょーたろー!!」

「いま行きます!!じゃあ、おれ行くね、」

「うん、頑張ってね。また後で」

「またね」

帽子をかぶった先輩に呼ばれて走っていくちょたは私が最後に見たときより身長も伸びていた。
こうやって私たちは変わってしまうのかと寂しくなったけれど、ちょたは私にすぐに気がついてくれたからまだ大丈夫かもしれない。
きっと、今日の夜は久々に閉じられたままだった窓が開けられて、私たちの笑い声が2人の家に響くんだろう。

titled by 狐白