"失ってから大切なものに気がつく"なんて言葉は使い古されたありきたりな言葉だろうけれど、本当にその通りだと毎回思う。
嫌で嫌で仕方なかった習い事でさえ辞めてしまうと寂しくて仕方なかった。

竜崎先生に提出物があるから職員室に寄ると、テニスコートにいると言われてパコーンとボールが跳ねる音がするテニスコートに足を運んだ。

「みょうじさん?どうしたの」

「あ、大石くん。竜崎先生に用事があってきたんだけど…」

「今ちょっといないから、よかったらベンチ座って待っててよ」

そう言われて、テニスコートの横にあるベンチへと導かれる。
黄色いボールが跳ねているのは久々に見た。
私も中学に入って少しした頃くらいまではテニススクールに通っていた。
強かったわけではないけれど、楽しかった。
なぜ辞めたのか2年ほどしか経っていないのにもう覚えていない。きっと大した理由ではなかったのだ。

しかし、本当にこの学校のテニス部は人間業ではない必殺技を持っている。
テニスに必殺技とかちょっと不思議だけどね。

「みょうじ。」

「先生、これ出し忘れてたので」

「ああ、ありがとう」

これで私の任務完了である。
散らばったボールを踏まないように、邪魔にならないようにフェンスの扉を開けて出ようとするとまた大石くんに声をかけられた。

「テニス、見てて楽しかった?」

「うん楽しかったし、昔のこと思い出したよ」

「テニスやってたのかい?」

「少しだけね。辞めちゃったけど」

「そっか、」

「テニスを辞めて後悔はしてないけれど、寂しいの。当時は辞めたくて辞めたはずなのにね。」

「うん」

「大切なものは失ってから気がつく、なんて言われてるけれど本当にその通りだなぁって思ってさ。青学のテニス部のみんなには後悔しないテニスしてほしいなぁって勝手に思っちゃったの。」

「……」

「ごめん、しんみりしちゃったね。全国大会優勝楽しみにしてるね!菊丸くんとダブルスでしょう?」

「ああ。最後の大会だから、ね」

このレギュラーメンバーでテニスをやれるのはもう1ヶ月もない。
3年生は高等部に上がって、1、2年生は一つ学年が上がる。
彼らにとって、一生忘れられない素敵な思い出になるといいな。

「そうだ、失ってから気がつくのはもう嫌だから今言わせてもらうね。大石秀一郎くん、あなたが好きです」

私も、中学を卒業するまでに素敵な思い出が一つだけでいいから欲しかった。

titled by モラトロジー