幸村くんが入院したというニュースはあれよあれよと学校中に広まった。
他の学校では、関わりのない人が入院したと聞いてもここまでの全校ニュースにはなったりしないだろう。
でも、ここ立海大附属中学では一大ニュースでしかないのだ。

王子だなんだと言われており、女子から人気が高くファンクラブもあるような人間が入院したのだ。
しかも、幸村くんは全国大会2連覇中の男子テニス部の部長だ。
学校中が幸村くんを話題にしないわけがなかった。

クラスの女子は口を開くと「幸村くん心配だね」と言っている。
心から心配しているんだろうけれど、私からしたら上辺としか思えない。
毎日毎日クラスメイトと言うだけで、拝めていた"みんなのアイドル"幸村くんが教室で拝めないんだもの。
みんなはそれを1番残念に思っているのだ。
あと、彼のテニス姿を見て歓声をあげられないからという理由もあるだろう。

「なまえ〜帰ろ〜!」

「ごめん、先生に呼ばれてるから一緒に帰れない〜」

「そっかぁ…じゃあまた明日!」

今朝、担任から「放課後職員室な」と呼び出しをくらって幸村くんの入院についてよりもこっちの方が私としては心配だった。

職員室について担任の姿を探しだし、近寄ると学校の名前が書かれた封筒を渡された。
これは、もしかして。

「幸村に渡してきてくれ、幼馴染なんだってな。」

「えっ、」

「テニス部に頼もうと思ったんだが大会が近いらしくて、柳に『幼馴染のみょうじさんに頼んだ方がいいと思います』と言われてな」

「ちょ」

「じゃあ頼んだぞ〜」

私に封筒を押し付けた先生は顧問であるサッカー部の部長に呼ばれて職員室から出て行ってしまった。
お前が持って行けよ!!!

彼と私が幼馴染であるということを知っているのは当事者である私たちと真田くんだけだと思っていた。というか、そう思いたかった。
でも、小学校高学年になってからは必要以上に会話をすることなんてなかったから幼馴染なんて呼べるものじゃないとも思っている。

私の良心が痛むので届けないわけにはいかない。
母から聞いた病院名を携帯に打ち込み学校からの経路を検索する。
あれ、意外と近かった。

▽▲▽

白い壁に囲まれた廊下を歩く。
病院の雰囲気は幾つになっても慣れないものだ。
看護師さんに教えてもらった部屋の前で少しだけ深呼吸をしてノックをしたら、「どうぞ」といういつもの変わらない声が聞こえてきて安心した。

「先生に頼まれてプリント持ってきたの」

「ああ、ありがとう」

「クラスのみんな、幸村くんがいなくて寂しそう」

「…そっか」

白い部屋のベッドにいる幸村くんはいつもとあまり変わらなくて本当に病気なのか不思議になる。
「いつも強い彼が病気になるなんて思わなかった」とクラスメイトが言っていたけれど、それに激しく同意する。
私の知っている幸村くんは病気になるような人じゃないんだもの。

「いつも女子にキャーキャー言われてるけど、入院中はそれがなくて静かそうだね!」

「怖いくらいに静かだよ」

「どうせ帰ってきたらまた言われるんだから、ちょっと休憩してるって考えるくらいでいいと思う」

「なるほど、その考えもあるね」

「せーちならきっと大丈夫だと信じてる。学校で待ってるし、また家に遊びに行く。」

「うん、」

「もうここには来ない、学校で、せーちの家で待ってるから。だから、早く、」

帰ってきて。

何故涙が溢れてきたのかわからない。
病室にいるせーちを見て、このまませーちが消えてしまうんじゃないかと思ってしまったのかもしれない。

「なまえ、ありがとう。絶対に帰るから待ってて」

私にそう言ってくれたせーちは微笑んでいた。
この微笑みを見たのはいつぶりだろう。
いつも女子に振りまいている偽物の微笑みじゃなくて、昔から私や弦に向けてくれている笑顔。

それが私の涙腺を余計に緩ませるのに時間はかからなかった。


titled by 喉元にカッター