バレンタイン前日、2月13日。
今日は蔵の家が甘い匂いでいっぱいになる日だ。
始発の新幹線で大阪まで出てきて、白石家にお邪魔する。
今年のバレンタインはカップケーキを作る。材料は昨日買いに行って持参済み。
おばさんはお仕事らしく、わたしは1人でお留守番。
去年までは13日のお昼すぎからお邪魔して夜頃に帰っていたけど、今年は立海組のものもあるし、明日はきっとみんな荷物が多くなるだろうから前日である今日に渡そうという魂胆なのだ。
幸村はどうなんだろうと思いつつも作っていくことにした。病院で禁止されてると言われたらそこまでだけど。
あとは焼くだけという行程まで来たところでまた頭痛に襲われた。
"また"というのはここ最近よく頭痛に襲われていて、きっと前の世界の記憶であろうものが脳に流れ込んでくるのだ。
今回は高校の文化祭の映像だった。
派手とも地味とも言い難い制服の着こなしをして、学校内を歩いている映像だ。
もしかしたら消えるのかなぁ私。
もともと存在するはずのない人間だから、消えてもおかしくないのだけど。
▽▲▽
しっかりとカップケーキを焼き上げ、ラッピングをすませた私は蔵に"みんなにちゃんと配ってね、今年もお邪魔しました"とメッセージを残して新幹線に乗り込んで神奈川まで帰ってきた。
立海に寄れば部活終わりの彼らに会って直接渡せるだろうけれど、会っていたら幸村の病院の面会時間に間に合わなくなってしまうので部室のドアノブにカップケーキ入れた紙袋をかけておいた。
丸井が一番に見つけませんように!とだけ願っておく。
面会時間ギリギリに幸村の病室に滑り込むと少し笑われた。
「なんで笑うの…」
「いや、みょうじさんがあまりにも必死の形相で走ってくるもんだから」
「面会時間に間に合わないと思って…はい、これ1日早めのバレンタイン。明日はたくさんもらうと思って」
「…!ありがとう」
「病院で食事制限されてたらどうしようかと思ったんだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
「よかった〜」
がさり、とラッピングを開けて中からカップケーキを取り出すのを見つめる。
「ホワイトデーにはお返しできないかもしれないけど、待っててね」
「お返しとかいいよ?」
「俺がダメだから、待ってて」
「わかった、楽しみにしてる」