勢いに任せて名前を呼んでみたけれど、東峰は気がついただろうか。
なんて呑気なことを考える余裕はまだある。

「そういうことだから!」

「うん」

「我慢してるわけじゃないってわかった?」

「うん」

「ちょっと、大丈夫?」

話を聞いていたのかすらわからないくらいぼーっとしている東峰の目の前で手をひらひらさせてみる。

「あっ、うん…」

「話聞いてた?」

「聞いてたけど、名前呼ばれたのがそれ以上に衝撃で…」

「あ、名前のとこスルーしてくれるかと思ったのに」

「スルーできないから…」

両手で顔を隠す東峰はまるで女子かと疑いたくなる。
耳まで真っ赤にしていて、こっちまで余計に顔の温度が上がっていく。

「とりあえず、私は我慢してないからね?あと、顔赤くするのやめて、言った私まで恥ずかしくなるから」

「ごめん…あっ!みょうじ時間大丈夫?」

「私のところ緩いから全然大丈夫だよ。烏野も森然にいるって知ってるから、潔子と会って話し込んでたとでも言えばなんとでも」

「ならよかった。俺のせいで怒られたら申し訳ないし」

「私、親に彼氏いるって言ってないから、彼氏いるってばれた時点で旭の命は危ないよ。娘に彼氏いるなんて微塵も思ってないからお父さん。」

「ひっ!」と声に出してびっくりする旭の顔が面白い。
さっきまで真っ赤だったのに、一気に青ざめていく。
リトマス紙みたいだ。
あれ、リトマス紙ってどんなだったっけ。中学以来見ていないな

「みょうじのお父さん怖そう」

「風貌は旭よりはマシだよ?」

「みょうじはお母さん似?」

「最近はお母さんによく似てるって言われるかな〜、旭は?」

「俺も母親似」

「男の子はお母さんに似たほうが良いって聞くよね」

「へ〜…知らなかった」

なんだかんだで、"旭呼び"がしっくりきてさっきからずっと呼んでいるし、旭も慣れてしまったらしい。

旭が私を呼ぶ時は名字のまんまだけど。
まあ、そこが旭らしくて可愛いのだが。

「旭こそ時間大丈夫?怒られたりしない?」

「コーチたちは飲み会してるから特にはお咎めないと思うけど大地がなぁ〜」

「澤村は厳しそう」

「一応、みょうじと会うって声はかけてるけど、遅い時間までみょうじを引き止めてることに怒られそう」

ふと携帯を見ると、旭に会うためにおばあちゃん家を出たのが20時だったのに、もうすぐ22時になりそうになっている。

潔子に誘われて森然で女子会をしていたことにしよう。
お父さんはどうせ酔い潰れてるから、お母さんだけごまかせばいいや。
お兄ちゃんのハーゲンダッツは冷凍庫頼みだ。

「もう22時じゃん」

隣でも旭が携帯で時間を確認していた。

「そうだね〜」

「そろそろ帰ろっか」

「澤村だけじゃなくて菅原まで怒りそうだもんね」

「スガも怒ったら怖いもんな〜」

「練習で疲れてるのにこんな遅くまでありがとうね、おやすみ。家直ぐそこだから」

「うん、おやすみ。またね」