私は今"もう一本!"やら"日向ボゲェェェ!!!"やら聞こえる第二体育館の扉の前にいる。
こんな声が飛び交っている体育館に入っていくほど度胸はない。
右往左往していると、ガラガラという音とともに私の目の前にあった扉が誰かの手によって開かれた。
「あれ、みょうじじゃん」
「にし…のやくん…」
なんと、隣の席の西谷くんだったのだ。
しかも声がでかい。お陰でバレー部の朝練参加者の視線が一気に集まる。もちろん蛍くんの視線も、だ。
「あ…と、こ、これ、月島…くん?のお母さんが、門のところに居て、届けてくださいって言ってたから持ってきたんだけ…ど、月島…くんはいるかな…?」
登校中にひたすら考えた言い訳を噛まないよう、しかしスラスラ言いすぎて私のキャラを壊さないように言葉を紡ぐ。
「月島ー!弁当来てるぞー!」
そう西谷くんが叫べば、体操服姿の蛍くんがこちらに不思議そうな、怪しいものを見るような目をして近づいてきた。
そりゃそーだ。見たことのない黒髪三つ編み眼鏡女子が自分宛に弁当を持ってきてるなんておかしいもんね。
「なまえサン…デスカ?」
「ちょ、あ、ちょ、え、こ、こっち!」
普通に名前を呼ばれて焦った私は体育館裏へと蛍くんを引っ張っていく。蛍くん体育館シューズじゃんごめんね、なんて思いながら思いっきり引っ張る。
登校ラッシュの時間より少しだけ早いから誰にもこんな姿を見られることがないだろうから安心しつつ、バレー部の皆さんには怪しまれたんだろうなと思う。
「なんで名前呼ぶの!名字でしょ普通!」
「ホントに黒髪三つ編み眼鏡なんですネ。一瞬迷いましたよ?」
「私はただ、おとなしく学校生活を送りたいの、私と知り合いだとか口が裂けても言わないでよね!これお弁当!お母さんから!アレルギーあるなら言って。今日の晩御飯は何がいいですか!」
今日は残念ながら私が晩御飯を作る日なのだ。今日は母が夜勤のため、私が自分で作らなければならない。
私だけならコンビニで買って食べればいいけど、育ち盛りの男の子にコンビニ弁当を与えるなんて無理。
「急に言われても困るんですケド」
「ですよね〜。帰りに買い物して帰りたかったんだけどな…アレルギーとかはない?」
「ナイです」
「そっか…わかった」
じゃあまた家で…と言葉を紡ごうとしたのに、「一緒に行きます。部活終わるまで待っててくだサイ」と言われてしまい、その言葉が私の口から発せられることなどなかった。