GW合宿初日。事件は起きた。

「やばい!忘れた!」

家に髪を黒にするスプレーを忘れてきたのだ。もちろん、取りに帰れない距離ではないのだが、いつも以上に洗濯をしたり、ドリンクを作ったり、ご飯を作ったりと忙しくて外に出れる時間が全くと言っていいほど無い。

今はお昼休憩で、携帯を充電しようとカバンを漁っていた時に発覚した。
このままでは私は明日からこの身を隠さねばならなくなってしまう。
今は大丈夫だけれど、困った。


「とりあえず今は練習に戻ろう」

ここで悩んでいても仕方がない。晩御飯が終わった時間くらいに取りに帰ればいい。そうしよう。




「ごちそうさま!!」

こういう合宿では恒例のカレーを食べ終わった部員のみんなにゼリーを配る。
ささっと作ったものだから、美味しいかはわからないけれど。

皆がゼリーを食べているところを見計らって武ちゃん先生に忘れ物を取ってくる、と伝えて食堂をでる。
烏養さんに誰か一人連れて行け、と言われたけれど、この前先輩に言ったように私を襲う人間などいない。人間国宝級だ。

近いので大丈夫だ、と伝えて靴を履き替え扉に手をかけたところで誰かの手が私の手に重なる。

「なまえさん。行くなら僕も付いていきます。」

「蛍くん!」

「襲った人が可哀想ですし」

「なにそれ!蛍くんに心配されなくてもそんなことないんで大丈夫です〜」

「……はぁ、こんなことしてる暇あるなら早く行きましょう。明日大変ですよ」

まって、今ため息したよね?!確実にしたよね?!
一個下の蛍くんの方がなんだか大人の対応だ。

「ねえ!今ため息ついたよね!山口くんに聞いて嫌いなものばっかり料理に入れるからね?!蛍くんのばーかばーか」

「子供ですかなまえさん」


「蛍くんのほうが年下でしょう?!」


「蛍くん…?」

私の声じゃない声で蛍くんの名前が呼ばれる。

「田中くん…」

さっきまで食堂いたよね?!いつの間に食べ終わったんだ??
やばい。いや、やばいのか?うん、やばい。
手を扉にかけた状態で私と蛍くんは固まる。もちろん、私の手に蛍くんの手がかかったまま。

「みょうじと月島ってそういう関係…?妙にみょうじも楽しそうに話してるし…いつもよりテンション高いし…ノヤさん……」


「"そういう関係"…?」

田中くんの言葉に首を傾げる。西谷くんに助け求めても来ないとおもうけど。
蛍くんの方をチラッと見ると"めんどくさい人に見つかった"みたいな表情をしている。
それは多分、私も同じ顔をしているんだと思う。

「…なまえさん、早く行って帰りましょう」

あ、こいつ田中くんのこと無視することを決め込みやがった。
後々面倒くさいことになりそうだ。だって、今すぐにでも田中くんは、私と蛍くんが名前で呼んでいたという事実を叫びながら西谷くんの元へと走っていきそうだ。

「月島………名前で呼んで……!ノヤっさぁぁぁぁぁぁん!!」

ほら言わんこっちゃない。
先ほどまでいた食堂の中へと走り去って行ってしまった。
まって、これ帰ってきたら確実に尋問受けますよね??まってほんとまって私は大人しいキャラでいたかったのに!

「とりあえず、家から帰ってからあの人たちの対処法を考えましょう」

「そうだね…」

西谷くん達が食堂からこっちに来る前にここからとりあえず逃げ出したいから、家へと向かうことにした。
私が忘れさえしなかったらなんとかなってたんだろうなぁ。
後悔してももう遅い。さて、どうしよう。