あつい風が通り過ぎて、真っ白のカーテンが膨らむ。 人気の少ない図書室は、密集した教室よりいくらかひんやり感じるけれど季節は夏。じとりと汗ばむ肌は快適ではない。 そんなとき。 窓際で風に髪を揺らしながら、文庫本のページを捲る彼だけが涼しげに見えた。色素の薄いみずいろの髪。まあるい瞳は活字を追っているのだろうけれど、わたしはいつ見ても、どこを見ているのかわからないなあ、と、こっそり思っている。 図書委員は基本的に暇だ。カウンターにただ座って、本の貸し出しや返却を行うだけ。ましてや昼休みになんか、勉強しにくる人がいるほかに本を借りる人なんて数人程度しかいない。そうして目に留まったのが彼だった。影が薄いだとか、いつの間にか見失ってしまうだとか、そういう話ばかりきくけどそんなことは無かった。彼はいつも昼休みになると窓際の席で読書をしている。いつも、と言ってもわたしが図書当番のときしか、知らないのだけれど。 ぼうっと眺めていたら視線の先に彼はいなかった。見失ってしまった。あれ、と思って見回すと、あの、という控えめな声が降ってきた。そう、彼。黒子くんだった。 「わ、はい、返却ですか?借りますか?」 見上げるとまあるい瞳と視線がぶつかる。どこ、みてるんだろう。わたし、かなあ。わたしの目かなあ、それとも眉間の間、鼻先?なに考えてるんだろう。目をみてもぜんぜんわかんない・・・ 「あの、ボクの顔に何かついていますか」 「あっ、いえ、違います!ごめんなさい!」 別にいいですけど、と、彼は拗ねるように言った。ああ、びっくりした。話したこと、ないのに。まじまじと顔を見つめるとか、あり得ない・・・ 「ボクのこと、見てましたよね」 「えっ、今、そうですね、ごめんなさい・・・」 「今だけじゃないんですけど」 心当たりのある一言に、息が止まる。みてたの、ばれてた。 「どうしてボクを見てたんですか」 えっ、えっ、と慌てるわたしの手首を彼は掴む。そして真っ直ぐな瞳が、貫く。 「読書に集中できませんでした」 「時間、返してください」 ぶわ、と嫌な汗を感じた。背中が冷える。ごめんなさい、という声は蚊の鳴く様だった。掴まれた手首だけがあつい。どうしたらいいかわからなくて、俯く。するとふっと、頭上で笑みがこぼされた。 「なんて、嘘です」 まあるい瞳はそのまま、口元をゆるく上げて彼は言う。 「ボクも、見てました」 わたしの手首から彼の手がすべる。 やわくつかまれた、わたしの手。 黒子くんの指はわたしより長くて、手のひらはわたしよりかたい。 彼はわたしの手を持ち上げた。 「黒子テツヤです」 そして、手の甲へ口付けを落としたのだった。 覚えてください、と言い加えて。 知ってます、と、言いたかった。 やたらと熱い頬が、耳が、手が、うるさい心臓が、邪魔をした。 まっすぐに貫くその目は確かにわたしを見ていた。その目も、透き通るような声で紡がれたことばたちも、触れた手も、すべてが彼をわたしに刻み込む。ねえ、忘れられないよ。ほかには何も考えられないよ。名前だけじゃない、もっともっと知りたいの、教えてよ。 -------------------- 120701 |