夢現




叫んだような気がした。
何かになんて分からない。
ただ頭がぼーっとする。


ふと目を開いて見れば、まず質素な天井みたいなものが目に入った。



「……えっ」



そして戸惑った。今見ているのは確かに天井であって。状況が理解出来ずにいると、懐かしい声が聞こえてきた。



「大丈夫?うなされてたけど」

「……え?!」



声に反応し、ガバッと起き上がると、その声の主が確認できた。
信じられなかった。その人は、確かに大昔に死んだはずで、50世紀に渡る努力の末やっと会えたと思ったら人が変わったように罵られ、昔のような笑顔は全く見せてくれなくなった。



そんなはずがなかった。
あの人が、自分に、優しく笑いかけてくるだなんて。



「み、すふぉーちゅん…?」



震えた声で名前を呼ぶと、私の様子がおかしいことに気がついたのか、戸惑ったようにこちらをみる。



「櫻花?」

「…、何なの?また何か企んでるの?!」

「…え?」



だんだんと記憶が鮮明になってきた。そうだ。私は、先ほど深紅一行と戦って、……………敗れたんだ。身体を引き裂かれる痛みに叫び、意識が朦朧となって…その後の事は分からない。

ミスが助けてくれたのだろうか。それにしても、いらぬお世話だ。今更、今更…優しくしてくるだなんて。



「おいおい。やっと目え覚めたかと思えば。あまりポンコツいじめんなよ」



……………!!!?
私は一瞬耳を疑った。
有り得ない。有り得ない。いるはずがないんだ。もう二度と、この声は聞く事ができないはずなんだ。



「ぽ、ポンコツ…」

「ポンコツだろ。いかにも壊れやすそうな」

「……そんなことない」



その声はミスと交互に聞こえてくる。そのタイミング、内容、口調…それはまさしく懐かしい光景だった。

ふと上を向いてみると…赤い髪をした、いるはずのない、私の婚約者が立っていた。目を疑った。そしてこれは夢かと思った。でも確かに婚約者はそこにいて。

いつの間にか、視界が歪み、私の頬は濡れていた。それに気付いたミスは目を丸くする。



「…ぁ。」

「おいポンコツ!なに人の女泣かしてんだよ!」

「ポンコツじゃない!それに僕が泣かせた訳じゃない」



…参った。
いつものような、他愛ないやりとりが、私の涙を増幅させていく。本当はこの夢みたいな光景の中に私も混ざりたいのに。

私がなかなか泣き止まない為2人はいつの間にやら口喧嘩を止め、どうしたらいいのか分からないのか、固まりながら私をじーっと見ていた。

それがとてつもなく面白くて、愛おしくて。
思わず、笑みがこぼれてしまう。



「ごめんなさい。どうぞ私に構わず続けて」

「「………」」



さっきまであんなに言い争っていたのに、いざ続けてくださいと言われるとただお互いを見つめるだけで売り言葉が何にも出てこないようだった。


面白いなあ。








寝かされていた寝台から降りると、まず襲ってきたのはめまいだった。ふらっと覚束ない足取りで立っていると、無理しないでと半ばムリヤリ寝かされた。



「櫻花は病み上がりなんだから」

「病み上がり?なにがあったの?」



問うと、2人は怪訝そうに目を見合わせた。なんだなんだ。



「お前、デカい岩が頭に落っこちてきてずっと寝込んでたんだよ」

「…へえー…」

「へえーって…。あの人、ずっと心配してて一歩も外に出なかったんだよ」

「へえ〜!?」

「おいポンコツ!」



余計な事言うな!と、婚約者の顔が赤くなる。それを見ていると、拗ねたようにそっぽを向いた。繰り返しポンコツ言われたミスもぷくっと頬を膨らませていた。よく見ないと分からない程度だけど。
若干その状況を楽しみながら、ミスにいろいろ聞いてみる。



「ね。私ってどれくらい寝てたの?」

「…丸半年間くらい」

「…!」



半年間も?!と思いはしたが、岩に頭をぶつけたとなるとものすごく強運なのではないだろうか?



「じゃあ…なにがあったの?」


そう問うとミスは一瞬目を丸くし、すぐ何かを理解したように冷静な表情になる。何があったのかはさっぱり分からない。分かるとしたら、“ここ”で目覚める前の記憶。



「まさか…記憶障害か何かか?」

「は?まさか」

「当たりどころで大体は予想してた…」

「ええ?」

「あれだけ大きかったしなあ。俺たちの事覚えてるだけでも奇跡か…」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」



2人だけで話を進めないでほしい。私としては状況を全く理解出来ない。記憶障害?何を言うんだ。私には確かに5000年を生きていた記憶があるのだ。それがどうした。いきなりタイムスリップしたように…。



「…ウソでしょう」



まさかあれが…、“あれ”全ての記憶が、夢だったというの。
そんな筈がない。だってあんなにリアルなのに…!みんな、みんな私の前からいなくなって、ずっと大切な人を失った痛みを耐えてきた、あの記憶が本当に夢だというのか。



「俺、なんか持ってこようか。何食いたい?」

「…任せる」

「………おう」



短く返事をすると、婚約者は扉を開け部屋から退出した。ミスの肩をポンと叩き、何かを言ったらしい。残されたのは、私と、ミスの2人。昔では有り得ないような、とてつもない緊張が私を襲う。



「櫻花」



ミスが自分の名を呼んだ。先ほどの和やかな雰囲気はどこかへ行き、至って冷静で、真面目な声色だった。その声にドキリとする。“夢”の中で聞いた事があるから。また何か言われるのだろうか。これ以上ミスに罵られるのは怖かった。
だがその緊張とは別に、聞かれたのは私を気遣うようなものだった。



「怖い夢でも見た?」



その問いに、すぐには答えられなかった。



「…無理に話さなくていい、けど。辛かったら助けを求めるのが一番いい筈だ」



その言葉を聞くなり、収まってた涙が再び溢れ出そうになる。
誤魔化すようにあんただけには言われたくないわよ。と言い返すとミスは眉を下げた。それは“夢”の中では彼自身が一番出来ていなかった事だ。それがなんだ。そのミスに諭されるなんて。
涙が溢れ出る前にミスを近くに呼び、勢いよく腰に抱きついた。



「…ぇ。櫻…花?」

「そうよ。確かに…私は…、夢を…見たの…」



涙を隠すように抱きつき、震える声を必死に振り絞った。泣いてる事はバレバレだろうが、彼だからこそ、見られたくなかった…。



「あの人もあんたもみんな死んで、私ひとりで長い時を生きていくの」



私は“夢”を事細かく話した。婚約者がいなくなった事。数日後に死が発覚した事。私が情緒不安定に陥った事。それによってミ

スを傷つけてしまった事。そしてミスが衰弱し、治療として故郷の世界に連れて行った事。それでもひとりで何かを成し遂げ死んでしまった事。その後ひとりで気の遠くなる時を生きてきた事。婚約者の生まれ変わりに出会った事。ミスの願いを託された者にあった事。

そして……数億もの命をなんの罪も感じずに奪った事。


それ以上先の事は、とても話すのに耐えられなかった。ミスは驚愕しながら聞いていたが、何も言わずに話を聞いてくれていた。お陰で話しやすかった…。
しばらくすると、ミスは小さな声で話し始めた。



「もしかしたら…」

「?」

「もしかしたら、それは夢じゃ…なかったのかも知れない」

「え?」



それは絶望的な言葉だった。今の私には、そう取れた。



「櫻花が寝ている間…その夢と同じような事があった。…あの人が居なくなる事」

「………え!?」

「でも一致しているのはそこだけ。あの人は死ななかった。櫻花も苦しむ事はないし、僕が連鎖を受ける事もない」



それを聞き、実にここが自分に取って理想の世界である事を理解した。いや、私だけじゃない。あの人が生きている、という事はミスがひとりで罪を負うこともないのだ。
私も彼に当たる事はないし、ミスがひとりで悩み苦しむ事はないし、助け合える仲間がいる。

あの人も、完全とは言えないが、救いの手が差し伸べられた事によってしがらみという闇から解放されつつあるのだろう。それによって5000年に渡る連鎖が続く事はない。

しかしそれらは全て、独力ではどうにも出来ない事だった。

“夢”という名の“記憶”と違うのは、ただ一つだけ。ひとりじゃない、という事だった。
それだけでも、歴史はこうも変わってしまうのだ。



何という、理解の世界なのだろう。


私は、この世界の素晴らしさを知るために、あの“夢”を見たのだろうか。

それとも…



「ごめん、なさい」

「え?」

「ごめんなさい、ミス…。本当に、ごめんなさい…!私は、あなたの事、何にもわかろうとしなかった…」



この人への罪滅ぼしの為に、この“夢”を見ているのだろうか。

だとしたら……私は、なんて罪深いのだろう。

常に気遣い、助けてくれていたのに全く気付かず、この人を…ミスを死に追いやってしまったのだ。
そして……自分勝手に、時代を越え彼を再び目覚めさせようとした。ただ自分の思うがままに。


それが私の……最大の罪。


それを…こんな…夢で、謝るだなんて。



最低よね。私……。



でも、謝りたい。
許してくれないかも知れないけど…それでも謝りたかった。



「ごめんなさい、ごめんなさい…!」



ミスに抱きついて、離れなかった。すると、ふと、手に温かみを感じた。


握られた?


櫻花は、泣き顔を晒す事など考えもせず、上を向いた。すると…



「ありがとう。櫻花」



そう聞こえた気がした。
それと同時に、意識がなくなっていく感じがした。





…痛みと寒さと、温もりに包まれながら。















櫻の最期
この時櫻花さまは深紅一行に看取られ、ミスに手を握られながら亡くなられました。130306


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