恋煩い疑惑





―いい?私は今、“私”の意志でここにいるの!だから……絶対に、あ、あんたの事あきらめないから!覚悟しておいてよね!
















辺りは薄暗く、風で森の草本が靡く音が少しするくらいの、静寂な場所だった。だが、先ほど桜花に迫られ言われた言葉がミスの頭の中にこだましていた。うるさいほどに。



「…っあー…」



参ったなあ…。ミスはそう頭の中で小さく呟いた。
といっても、ああいった告白みたいなものはミスにとって初めてではなかった。普段通りに適当に流せばいいものなのだ。だが、今回に限ってそれが出来ない。それが逆にモヤモヤしてたまらない。


そんな様子を、従者はじっと見つめていた。いつ話しかければいいやらと様子をうかがっていたのだ。



「…ミスさま」



恐る恐る話しかけて見れば、ミスはようやくこちらに気付いたかのように目を丸くしていた。そして、従者は目を疑った。ミスは、赤面していたのだ。そしてとっさに膝を抱えて顔を隠した。
主のこんな姿を、従者は一度もみたことがなかった。
こんな、いかにも純粋な少年らしい姿は。

従者はあまりの珍しさに言葉を失っていたが、ミスは相変わらず寡黙で、そして顔を隠してしまった今、全く顔色が伺えなくなってしまった。

余計な事を言うとまた機嫌を悪くしてしまうかもしれないが、さすがにこのままは気まずい。



「あの、ミスさま…?」

「………」



ミスはしばらく呼びかけに応えなかったが、しばらくたつと、細々と、何、という言葉が聞こえてきた。細々とはしているが、いつも通りの威厳さが感じられた事に従者はホッと息を吐く。
だが従者が次に発した言葉は火に油を注ぐようなものだった。



「あの…、どうするおつもりですか?」



ミスは答えない。何が、とは聞かずとも分かっていたようだった。従者は主の黙秘には慣れていたので構わず先に進める。様子が全く伺えないので、少し…いやかなり怖いのだが。
それでも従者は、これだけはハッキリしてほしいと考えいた。



「あそこまで女性にアタックさせているんです。このまま黙っているなんて、許しません」



そう言うと、ミスはそっと顔を上げた。それと同時に怒られるかと思ったが、そんな雰囲気は毛頭なかった。むしろ、あのいかめしい主人が、今だけはなんだか弱々しく感じられた。



「わからない…」

「え?」

「応えようにも、わからないんだよ。僕には…」



聞いた限り、ミスは親を物心つかぬ内に亡くし、あの魔族の女王に養子として引き取られたのだという。だから、愛情とか、恋愛とか、そんなものには到底縁がなかった…。いや、少し違う。ミスは愛情やらそういうものに縁がなかった訳ではないが、自分からそういったものに関わるのを避けていたように感じるのだ。

だが従者は、出会ったのこそ最近だが、ずっとミスを見て来た。最初こそ、ほんの少しの態度の違いだったが、最近になってミスの様子がおかしくなっていくのをずっと見ていた。



「分からないから余計にムカムカする。」

「……ムカムカ、ですか」



そして薄々と感じていたなだ。主は、あの人に惹かれているのかもしれない、と。
それが今、確信に変わったのだ。



「ミスさま。ボクはそれを恋煩いと診断します」


そう言うと、今までそっぽを向いていたミスがこちらに向く。はあ?と言いながら。



「…ありえないでしょう」

「いくら貴方と言えど…神でもない限り、誰でもするのですよ」

「…………」



ミスは押し黙るが、納得出来ないようだった。
まあ18にもなって一回も恋愛経験のない人に、いきなりそれは恋煩いですなんて言われても納得しないだろう。でも従者は、今だからこそ、主に理解してほしかった。



「こんなこと望んでない。そう思ってるかもしれませんが…恋なんて、したくてするものじゃないんです」



ミスがそういったことを避ける最大の理由、それは愛情を恐ろしいものとしてとらえている。恋をデメリットとしかとっていない。本人が語ったわけではないが、そう思った。

でも決してデメリットばかりではないのだ。


「ミスさまも、桜花さんを見ててわかるでしょう。恋によって強くなる事もあるんです」



あ。深紅さんもいい例かもしれないですね。と従者は言った。
深紅は恋多き少年だが、ほぼすべての恋が失恋に終わっていると言っても過言ではない。それでも、めげずに前を向いて次へと歩いていくのだ。


ミスはそんな話をただ黙って、聞いていた。気がついたら、またいつの間にか、顔を隠していたけど。



「…それで」

「はい?」

「それで…僕にどうしろって言うの…」



確かに威厳さは感じられるが、少し自信のなさそうな、そんな口調で聞いてきた。その様子になぜだか頬が緩んできた、というのは内緒だ。



「だから、最初に言ったじゃないですか。このまま黙っているのは許しませんって。
応えてあげてください。ミスさま。」



それが貴方の為でもあるんです。とは言わなかった。主のトラウマを感じている限り、そんな強気な無責任な事は言えないから。

でも、桜花は、信頼出来るような気がした。

例え貴方にどんな見えないしがらみがあろうとも。桜花さんなら、必ず、貴方を助けてくれます。良きパートナーとなる事を、祈ってますよ。











気がついたら朝日が登っていた。そしていつの間にやらミスは寝息をたてていた。
まさか、妙に弱々しかったのは単に眠かっただけなんじゃ…。いや、ボクは信じますよ。恋煩いのせいだって、ね。





従者ハルの受難
130301


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