01

 少年は本を読んでいた。
 長い船旅で暇を潰す方法など数少なく飽き飽きとするものだが、静かに視線を落とす様は成長しきっていない幼い容姿を裏切って落ち着いた空気を醸し出していた。
 彼のいる部屋は質素ながらも一級品とわかる品が揃ってある。子どもが使うにはいささか趣味が良すぎる。しかし間違いなくこの部屋の主は彼である。このような部屋を許させるだけの地位が彼にはあった。
 彼はこの船の長なのだ。
 十三という年にて船長である異端さを少年は当然理解しているが、彼はただ遊び盛りなのだ、と無邪気に微笑むだけでその真意を知る者は少ない。
 船員が少年を船長と認めるまで勿論色々とあったが彼の実力の前に誰もが口を噤む。こんな末恐ろしい子どももいるものだ、と船員は尊敬と畏れと共に彼に頭を下げる。もはや動きようのない事実として少年はこの船の頂点として君臨しているのだ。
 とはいえ、元来、彼は孤独を好む質であった。人嫌いというわけではないが自分の空間に入られる事を拒絶するのだ。そんな中いきなり慌ただしく部屋に入ってきた船員に読書を邪魔されて眉を顰める。
「船です!」
 年は二十ほどの厳つい顔立ちをした男が言った。
「で?」
「……え?」
 首を傾げた船員に少年は舌打ちを隠さない。
「ただ船、で報告は終わりか?」
 剣呑な微笑みを見せた少年に、船員は息を飲む。
 幼子のような姿からは到底、想像付かない凍てつくような視線。圧倒的な威圧感が肝を凍らせる。
「規模や同類か、くらい言えないのか?」
「す、すいません!大きな船でしたが、どこの物かは、わかりませんっ!」
「使えねぇ」
 素っ気ない声で放ち、勢い良く部屋から少年は船長室から出て行く。
 彼が甲板に出るとたちまち静寂が落ちた。海には造りのいい船が浮かんでいる。
 いいタイミングだ。
 少年の微笑みは獲物を見つけた獣のような光であり、それに気づいた船員達が戦慄する。
「白咲の商船です」
 傍らに現れた副長が指さす旗を見やった。風のせいで柄は見えない。ただ白咲と聞いた瞬間、少年はぴたりと固まった。
「未稀さん、いかがします?」
 長い船旅で物資は少なくなっている。だからこそ商船との遭遇は歓迎すべきものだ。しかし船長の様子に困惑して恐る恐る尋ねるが未稀は腕を組んで、黙した。
 やがて腕を下し顔を上げ、きっぱりと告げる。
「普通に取引でいいだろう」
 俺が絶対、他はひれ伏すものという絶対の価値基準を持っているかのような未稀の発言に副長は、冗談を、と言いかけて、止める。
 未稀の先程まで稲妻のような闘志はなりを潜めていたのだ。
「あ、交渉はまかせますね。僕は後ろに控えているので」
 急にあどけない表情をする彼にまた船長の気まぐれが始まったのかと、副長は曖昧に頷く。
 年故に舐められるからと交渉などを未稀は副船長にまかせる事は過去、幾度もあった。船員から言わせるとその必要はない。そしてそれを彼自身解っているはずなのに、あえてそうする。
 彼の風格を潜めさせると、年以上に幼く見え、そこらにいる子どもと大差なく思える。そういう趣味の人間にはたまらないだろう。
 先程の言動も含め、本当に読めない人だ、と副長は感じるのだった。

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