プール

救い上げた水が零れ落ちた。
零れ落ちた水が幾重にも重なる水紋を作り出す。
そしてまだ静寂。
日の光を一杯に受けて煌めく水面。
未名底は細い光の糸が神秘的にゆらゆらと漂っていて。
「水は綺麗だね。透き通ってて」
「そう?墨汁をまけば直ぐに黒くなっちゃうのに?」
「綺麗な物はとっても脆いんだよ。だから尊い」
私の言葉に彼は解らないとでもいうように首をかしげた。
その仕草が可愛らしく、笑った。
「笑わないでよ」
「ゴメン、ゴメン。別に馬鹿にしてはないんだよ」
「じゃあ、なんで」
「ひ・み・つ!」
そうもう一回笑って言えば不愉快そうに眉をしかめる彼。
それから私のしたように水をすおっと掬い上げた。
手の隙間から水が溢れていく。
「綺麗な物は直ぐに壊れる。
 綺麗な物を知っていたら壊れた時、悲しいだけだ。
 なのになんでそれを追い続けるの」
「綺麗な物を見つけたら、嬉しくならない?
 その嬉しさを共有できたらもっと嬉しくならない?」
「いや。それを見つけられた人は羨ましいし、妬ましい。
 そんなの綺麗事だ。
 だからすぐに壊れる」
彼の手から全ての水がなくなる。
こうやって全てを無くしてしまったのだろうか。
大切なものを。
「綺麗事だよ。
 けどこの世から綺麗な物がなくなるくらいなら
 私はそれを追い続ける」
「なんで、そんな」
「……えい!」
彼の腕を引っ張った。
水しぶきが上がる。
数拍後、水中から顔を出した彼は睨んできた。
「馬鹿、真冬のプールに落とすう奴がいるか!」
「そっちこそ馬鹿!
 ちゃんと周りをみたらどう!?
 いつまでもヒネてないでさ!」
思いっきり舌を突き出して、彼に背を向けて走り出した。

「みんな、あんたの事、大好きなの!
 だから失う事ばかりを恐れないで!!」

心の叫びを海のように蒼い空に投げつけた。

 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -