愛した彼女は不透明 | ナノ

04 忠犬はち公



すっかり俺の中でペット化した#name#とドラマを観終えた頃には、予想通りというか窓の外は薄く色付き始めていた。

今回もいい具合に終わった内容に満足気にリモコンに手を伸ばしながら、エンドロールを横目にやけに大人しくなった彼女に目線を移せば、つい先程まで爛々とテレビ画面を見詰めていた目は今にも閉じてしまいそうに細められている。

「眠いかい?そろそろ寝ようかねい」

「はい。おやすみなさい」

「お、………………のび太かよい」

声を掛けた途端待ってましたとばかりに俺目掛けて倒れ込んできた彼女を受け止めながら、まさに秒殺並の早さで寝息を立て出した無防備極まりないこのアホに呆れ半分、残りは懐かれたむず痒さから苦笑いが漏れる。

そんな彼女を寝室へと運びまるで当然の様に隣で眠り、そして何事もなかった様に送り届け、別れた。


へにゃりと笑みを絶さず何度もお礼を言う#name#の姿がマンションの中へと消えるのを見届けながら、そういやアドレスを交換しなかったなと気付く。

このまま二度と逢う事がなくても構わない気持ちはあったが、部屋に戻り直ぐに感じた違和感は、寂しい様な、物足りない様な、そんな彼女の存在感をありありと見せ付けられる様だった。

「変なやつだよい」

ほんの数時間、体を交えた訳でも愛を囁いた訳でもない僅かな時を共有しただけの#name#に、こんなにも依存的な感情を抱いてしまった自分に笑いが出る。

そうして一人溢した苦笑い混じりの言葉を胸に抱えたまま、週末のいつも以上に慌ただしい店内に追われる内にその違和感は限り無く薄れいつも通りの日常が舞い戻っていた。



「あー疲れたなァお疲れ」

「あぁ、お疲れさん」

「さ、飲もうぜ!」

「あー、いや、俺は帰るよい」

「はァ?珍しいな、体調でも悪いのか?」

「そんなんじゃねぇよい。…、じゃぁ戸締り頼んだよい」

毎日何かしら理由を付け、ぼ全員が意気揚々と店飲みに移行するのが恒例となっていたが、今日の俺は何故かそんな気分にはなれずその場を離れた。

騒がしかった店内が静まると同時に思い出したかの様に顔を出した#name#の存在。

逢いたくて焦がれるような気持ちではなく、ましてや連絡先を交換しなかった事を後悔してる訳でもない。

それでも胸の端っこ辺りに確かに存在する#name#が、この乗らない気分といつもとは違う行動をさせている事だけは分かっていた。

そんな煮え切らない感情を抱え店を後にし、習慣付いたビデオ屋の前で暫し立ち尽くす。

頭ではあのドラマの続きを借りて帰ろうとしっかり意思表示をしているのに、足が、どうしても店内へと向いてくれなかったのだ。

そうして再び過る#name#の顔。あのアホはもう観ただろうか?あいつも俺並みにあのドラマに嵌まっていた。別れて半日余り。借りて観ている可能性は十分にある。

そんな仮定を想像し、一人で観る後ろめたさの様な感情が浮かび上がった事にあいつのアホがうつったのかと思わず自嘲気味な笑が出た。

共に観る約束も、それ以前に次に逢えるとも限らない相手に何を考えているんだと。それでも店内へと向く気配のない足は気付けば家路へと向かっている。

じとりと蒸しばむ暑さといつも以上に静まりを感じる夜道に追い討ちを掛けられ、気分は急速に下り坂を転がり落ちていた。

こんな事なら店飲みに参加すれば良かったと自棄気味な溜息を吐いた刹那、嬉しそうな、それでいて安堵感を漂わせた声色が耳を襲い、その声の主を目にした途端柄にもなく鼓動が激しく脈打ち始めた。

「あぁ良かった!家間違ってたかと思いました」

「っ…、何してるんだい、しかもこんな夜中にまたお前は…」

「え?あ、これ!桃!すごく美味しかったのでお礼という訳じゃないんですけど、マルコさんにも食べてもらおうと」

「も…も?それで待ってたのかい?一人で、約束もしてねぇのに、こんな夜中によい」

「はい!連絡先知らなかったし、お店に寄ったんですけど閉まった後で」

「………」

「あ!それとこれ!昨日の続き!まだ観てないですよね?一緒に観ようと思って借りてきました!」

「っ……、てめぇは………ったくよい」

「へ?わわわっ!?髪がっ、髪が…マ、マルコさんっ!?」

「…………うるせぇよい」


俺を捉えるなり嬉しそうに駆け寄る姿はまるで主人の帰りを待っていた犬の様だったが、そんな事よりも、彼女もあのドラマの続きを共に観る気だった事が堪らなく俺の心を揺さぶった。

そんな間違いなく緩んでいる顔を隠す様に#name#の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、おそらく俺が帰るまでいつまでも待っていただろうその従順さといじらしさに胸をぐっと掴まれながら、沈んでいた気持ちがほわりと癒されていく様な感覚にやはりむず痒さを感じずにはいられなかった。

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