愛した彼女は不透明 | ナノ

03 命名ペット



あれからお互い簡単に自己紹介らしきものをし、少しだが彼女の素性を知る事が出来た。

まず名前、そして職場は俺の店から徒歩圏内にある病院に勤めていて、自宅はここから車で二十分程の距離に一人で暮らしているという。

初め病院勤めと聞いた時は瞬時にあの病院だけは避けようと頭を過ったが、よく聞けば受付をしているとのこと。

考えればそうだろう。こんなアホ女が白衣の天使だなんで危なっかしくて患者は冷やキモしちまう。



「わっ!こんな展開になるんですね…予想外…」

「……そうだねい」

隣で膝を抱える様に身を縮こませ予期せぬ展開にふむふむと頷きを返しているアホ…いや、#name#をまるで不思議生命体でも見るような眼でチラチラと窺う俺の頭は、この異様なまでに部屋に馴染み込んでいる存在に疑問符が飛び交っていた。

女と見ればがっつく様なガキでもないが決して興味が無い訳でもない。
こんなアホでも女は女だ。抱けというなら抱くことだって出来る。

しかしまだ触れ合ってもいない彼女に対し、何か熟年カップルの様な空気並の存在感を感じている自分が事を起こす訳もなく、そしてそんな感情を抱いてる事が不思議でしかたなかった。


「あ…そういやよい、タクシーで帰るっつう選択権はなかったのかよい?」

「ん?あー…えっとお金が足りなくて…へへ」

「あ?二十分くらいなら四千位で帰れるんじゃねぇかい?それもなかったのかい?」

「あ、はぁ…。実は…」


そうだ。そこまで遠いわけでもない家路に着くのに何も女一人で始発まで待つなんておかしな話だと、少し頭を使えば友人に頼るなりタクシーで帰るなりあっただろうとふと疑問に思った事を問えば、クラリと目眩がしそうな返答が返され思わず目頭を押さえる羽目になった。

「お前は…とんだアホバカ間抜けだよい」

「え…でもお財布落としてすごく困ってそうだったから」

「……。んなもんガキじゃあるめぇしどうにかなるだろい!それでてめぇが困ってどうすんだいっ!」

「ぅ…すみません」

「俺に謝ってどうすんだい…はぁ…頭痛ぇよい」

「大丈夫ですか?」

「うるせぇよいっ!!」


とんだアホだと思った。いやアホなのはとっくに気付いていたがまさかここまでアホだとは流石に驚く。

しかも貸した相手の連絡先も名前も何も聞いていないという。
アホ過ぎる。アホ中のアホだ。

「はぁ…何でお前は…。もう知らないやつに金なんて貸すんじゃねぇよい!」

「ぇ…は、はぁ」

「……、言っても無駄のようだねい」

「え?い、いえいえ!無駄じゃないです!…き、気を付けます」

「………」

「ほ、ほんとに気を付けますよ?マルコさん?」

「……おう」

#name#は空気なんて読めないアホなやつだとばかり思っていたが、よく見れば、俺の表情や声色を注意深く観察し厭らしさのない態度で懐こうとしているさまはまるで犬か猫の様でなにか胸の辺りがむず痒くなった。

そんな服従心ありありで何色にでも染めれそうな#name#を見ていると、やはりこいつはペット的な素質を持ち合わせているような気がしてくる。

ペット…

ああそうだ。この空気並の存在感。そして常識はずれな羞恥心のなさに思わず手を貸したくなる危なっかしさ。

こいつはペットだ。間違いない。


そんな心中失礼な事を俺が考えているとも知らず、先程の話しに呆れ返ったままの仏頂面な俺にあわあわと動揺している#name#の頭を一撫でしてやれば、お許しがでた犬かの様に尻尾が見えそうな程嬉しそうな顔で微笑んだ。

「お手」

「へ?あ、はい」

「………ククッ、やっぱりお前はペットだよい」

「え?あ…ペット…ですか?」

「ああ、ペットだ」

「ペット…はい!ではペットで!へへ」

「………」


突拍子もない俺の行動に初め驚いた表情は見せたが直ぐにちょこんと両手を乗せてきた#name#を見て、普通出逢ったばかりのやつにペット呼ばわりされれば良い気は絶対にしない筈だが、やはりというかこのアホはヘラヘラとその言葉に嬉しそうな笑みを浮かべている。

ああ…とんだアホと知り合っちまったと頭を抱える一方で、今まで居合わせた事のないこのペット気質の彼女にもどかしいような情が早くも沸き上がってきた俺は、まずお手は片手でするものだという事から教えていこうと、そんなバカな事を考えていた。

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