愛した彼女は不透明 | ナノ

14 難儀な兄妹



信じがたい事実を知らされ当然の如く固まる俺を他所に、目の前では、でもだのダメだのと、頭半分しか聞こえていなかったが、明らかに困惑の色を漂わせた#name#の声が右から左へと流れていた。

そんな音が止んだと同時に、ポンと肩に重みを感じ意識をそちらに向ければ、かなりの至近距離で#name#の兄貴とやらが、理解しがたい言葉を口にしながら気持ちの悪い笑みを向けてくる。

「あ?なんつった?」

「なんだ?聞こえなかったのか?少し難聴の気があるのかも知れないな…ならもう一度言うぞ、明・日・魚・を・持・っ・て・家・に・来・い」

「てめぇ………。俺はなんで魚を持っていかなきゃいけねぇか聞いてんだよい」

「そんなの決まってるだろ、俺が魚を食べたいからだ」

「…………」

癪に障る勝ち誇った顔で、さも当たり前の様に自我を通す言葉を投げられ、反射的に拳が震えだす。

なんだこいつは。確か#name#にも初めは驚かされたが、明らかにこいつの方が上を行く。全くと言っていいほど人との調和が出来ていないし、なにより最上級の我儘野郎だ。そして何故だか無性に腹の立つ。

そんな今にも爆発しそうな俺に、慌てながらもおずおずといった声色が耳に届き、その声に気を静めるように息を吐き出した。

「ご、ごめんなさい!マルコさん…あ、あの、ほんとお暇だったらでいいので…その」

「あぁ。#name#が謝る事じゃねえよい。つまり、見舞いの手土産は魚がいいって話だろい?」

「っ、ぅ……はい」

「わかったよい。魚な、魚」

「まったく、初めから素直に頷けばいいグッっ!?」

「ああ、すまねえよい。足が滑っちまった」

「そ、そうか……。次からは気を付けろよ」

どうにも腑に落ちない感情は、足を踏みつけてやった爽快感と、申し訳なさそうな表情の下にも、確かに伺える期待に満ちた#name#目によって腹の底へと押し込んだ。

彼女が喜ぶのであれば魚だろうがなんだって持っていってやるし、多少の苛つきも目を瞑ろう。惚れた弱みだ、仕方ない。仕方ねぇが、やっぱりあの兄貴とだけは一生そりが合わなさそうだと感じていた。


そうして時間の許す限り#name#の傍で過ごし、慌ただしい金曜の営業を終え翌日。サッチに用意させた焼くだけの生魚と、それに煮魚。それから簡単な惣菜を手土産に、彼女に逢える嬉しさ半分、あのクソ兄貴が居るという忌々しさ半分を胸に、#name#の住むマンションへと向かった。

「っっっ?!!」

「待ち兼ねたぞ、さぁ、上がってくれ」

「てっ、てめぇ!!何の嫌がらせだいっ!?素っ裸で出迎えんじゃねぇよい!!」

「ん?ああ、これか。さっきエアロバイクで汗を流してな、シャワーを浴びたんだ。どうだ?健康的だろう」

「聞いてねぇよいんなもん!さっさと服を着ろ、服を」

「いや。俺は基本、家では裸で過ごすようにしているんだ。知ってるか?人間とはそもそも」

「うるせぇよい!!変態め。……はっ!!まさか……」

こいつが出迎えるのは知っていた。何たって彼女は自力では歩けない。知っていたが、まさか素っ裸で出迎えられるなんて夢にも思わず、不覚にも体がビク付いてしまった。

おかしな奴だとは激しく感じていたが、まさかここまで酷いとは思わなかったと軽く頭痛に襲われながら、昼間っから気色悪いモンを見せられ、当然ながら出てしまう罵声を浴びせていると、急に背筋がゾッとする程嫌な予感が頭を過ぎる。

そういえば、以前#name#も言ってなかったか?部屋着なんて知らないし持っていないと。という事はだ、この兄にして妹あり、益々嫌な予感がしやがる。

そんな不安を胸に、俺は手土産を変態に押し付け慌てて部屋へと上がり込んだ。

「あ!マルコさんいらっしゃいです!」

「っっ!!!?#name#……おま……なんちゅう格好を……」

「へ?ああ!これですか?ほら、この前話した部屋着です!」

「部屋着って……おまえ……」

「よく似合ってるだろ?俺が選んでやったんだ」

「っ!?またてめぇは……#name#、着替えるぞ。クローゼットはどこだよい?」

「へ?着替えるんですか?」

「なんだ?気に入らなかったのか?それなら別の」

「てめぇは黙れよい。それから服を着やがれ!#name#、どっちだい?」

「あ、あっち……です」

彼女は期待を裏切らなかった。いや、裏切ってくれた方が良かった期待だが、何と言うか、不意打ちカウンターとボディに重い一発を食らった様な気分だ。

そんな大打撃を御見舞いしてくれた目の前の彼女は、クソ兄貴の要らぬ言葉に青筋を立てている俺を見上げ、訳がわからぬといった面持ちで首を傾けている。透っけ透けの……何だこれは?とにかく、部屋着とはどう転んでも呼べない代物を身に着けて。

「あの……マルコさん?」

「……#name#。よく聞けよい。これは、部屋着じゃねぇ。下着だ」

「へ?そうなんですか?」

「あぁ、そうだ。もう二度と着るんじゃねぇ……あー、俺の部屋では……いいけどよい」

「ん?マルコさんの部屋ならいいんですか?」

「お、おぅ」

彼女を抱えクローゼットのある寝室へと行き、ベットの端にゆっくり下ろした後、目線を合わせ真剣な眼差しで真実を伝える。

彼女は悪くない。恐らくあの変態兄貴の言葉を間に受けたのだろう。ならばしっかりと修正してやらなければなるまい。違うのだと。それに他所でこんな格好を披露されてはたまったもんじゃない。

しかしだ。変態が言うように似合っている事は似合っている。あのクソ兄貴さえいなければ、間違いなく速攻でおいしく頂いていることだろう。

それにしても、これをどうして部屋着だと解釈したのだろうか?大事な部分は透けているし、無駄にヒラヒラしてやがるし……まぁ、嫌いじゃないが、それでもないだろ、これは。

それにだ、この兄妹は変わりすぎてやしないか?特に兄貴の方だが。普通妹の恋人が来ると分かっていながら、こんな格好をさせるか?しかも自分は裸ときた。完全に頭がイカれている……いや、待てよ。これはわざとでも策略でもねぇ。本気だ。

普段家では裸で過ごすというのは、以前の#name#から確証済みだ。そして部屋着を着ろと言ったのは他でもないこの俺。俺が来るイコール部屋着を着なければならない。つまりこのド肝を抜く行動は、何の悪意もないあの兄妹なりの気遣い……なのか?

そう結論づけて、頭が痛い所じゃない難題に深い溜息を吐き出した。悪気が無い所が一番質が悪い。どうりで怒鳴ってもピンとこない筈だ。それでもだ。この先も彼女とやっていくのなら、この試練に立ち向かい克服しなければならならないのは目に見えている。

まずはあの兄貴からの間違った入れ知恵をどうにかしなければ。そして分からない事は俺に聞くようにさせ回避。とにかく一般的な常識を、あの無知過ぎる#name#に叩き込まなければーーー
彼女に服を着せながら、俺は決意を固めるように拳を握った。


「本気で着替えさせたのか?意味がわからん奴だな、まったく」

「てめぇの方が意味わかんねぇよい!言っとくがあれは部屋着じゃねぇからな!ったく」

「は?何を言ってるんだ。あれは部屋着だろう?まぁ……いい。そんな事より早く昼食にしよう。用意してくれ」

「……因みに聞くがよい、俺が作んのかい?」

「当たり前だ。#name#は動けないしな」

「あの!私手伝いますよ!」

「お前は座ってろ。逆に邪魔になるからな」

「あぁ、#name#は座ってろよい。だがお前は手伝え」

「断る」

「即答してんじゃねぇよい!いいから来いっ!!」

素っ裸ではなかったものの、素肌にガウンという、百歩譲って渋々見れる格好で待ち構えていたクソ兄貴は、俺の行動にいちいちケチを付けながらまたもや上から目線で口を開きやがる。

大体、俺の方が明らかに歳上だ。もっと言葉を選びやがれ。それから手伝えと確かに言った筈だが、腕を組みただ真横で突っ立ってるだけのこいつは一体どうすればいいのだろうかーーー

「った!!痛いぞ、なぜ足を踏み付けるんだ?」

「悪ぃな、うっかりしてたよい」

「……案外おっちょこちょいなんだな」

「あ?」

「おい、刃先を向けるな、危ないだろう。それより早くしろ、腹が減ってるんだ」

「…………はぁ」

態度、言動、もはやこの兄貴の全てが激しくムカつくが、それでも不思議な事に嫌いにはなれない何かがあった。#name#の血を分けた家族だからか、それとも俺の器の広さか、理由は分からないが、溜息を吐きながらも手を動かす俺の口元は、満更でもない笑みが浮かんでいた。

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