愛した彼女は不透明 | ナノ

11 不可解な一日



昼過ぎに届いたあの不可解かつシンプル過ぎる、いや、恐らく送信ミスに違いないメールに頭を悩ませながら俺の一日が始まった。

昨日よりは格別に足取りは軽やかだったがやはり悩まずにはいられない。あれは一体なんなのだろうか?送信ミスだと思いたい所だがあれ以降メールは届いていない。惚れた今ではそんなアホらしさも愛しく思えるが、いくら#name#でもまさか本気であの一文字を送る訳がないと…信じたい。

「お疲れよい」

「お、マルコ。今日よぉ、乳製品系が全く届いてないが昨日ちゃんと発注したのか?」

「あ?乳製…あぁ、悪ぃ…忘れてたよい」

「お前なぁ…まぁいい、ほら、今すぐ買ってこい」

「あぁ?俺がかい?」

「お前のミスだろ、牛乳にバターにそれからーーー」

捻る頭で店の裏戸を潜った途端俺より更に首を傾げたサッチに問い掛けられ、その言葉に思い当たる節があった俺はすぐさま謝罪の言葉を口にする。

こんな初歩的なミスを犯すのは思い出せない程昔の話で、そんな失態に昨日の自分を振り返りながら潜ったばかりの扉を引き返した。

確かに昨日は自分で言うのもなんだが尋常じゃなかったように思う。恋愛一つにこうも左右される己の残念具合に項垂れながらも、それでも目を閉じれば浮かび上がる存在にそれでもいいじゃないかと腑抜けた面が顔を出した。

そんな甘い思考を急いで掻き消し駄目だ改めろとひたすら自責を繰り返しながらも、気付けば足取りはいつも通る道とは違う方向に向いていて、少しだけ遠回りになるその道は#name#の働く病院の前を横切る事が出来る。

つい今しがた渇を入れたばかりだというのに早速根が折れた自分に苦笑いしか出てこないが、ただ前を通り過ぎるだけだと言い訳がましく言い聞かせながらも僅かな期待心は隠しきれないでいた。

病院の中央、正面エントランスまで後数メートルの距離に差し掛かろうとした時だ。そんな俺の期待が通じたのか、運命と感じずにはいられない程抜群のタイミングで#name#が建物から姿を現した。

ドクドクと脈打つ心音のままその姿を追えば、小走りで老人に駆け寄りニコニコと何か語り掛け、そして数メートルしか離れていないというのに俺には全く気付かずに再び建物内へと向かい出す。

「#name#!」

「っ?あ!マルコさん!」

「おぅ」

「へへ、偶然ですね!お仕事…は?」

「買い出しだよい。あー…ちゃんと働いてんだな、制服姿も似合うじゃねぇかい」

「へ?へへ、そうですか?ふふ」

俺に気付いた#name#の一瞬驚いた表情に胸の高鳴りが増していくのを感じながら、まさかの遭遇に遠回りした自分を褒めたくなった。

嬉しそうにこの偶然を喜ぶ#name#の制服姿は眩しくてそれでいて新鮮なものがあり、初めて見るその姿を焼き付けようと上から下へと目線を動かせば、胸元に付けられた顔写真付きの名札に目が止まる。

「……ん?トラ…トラファルガーっつうのかい?名字」

「え?あ、はい!そうですよ、あれ?言ってなかったですかね?」

「初耳だよい。………なぁ、昼間のメールだが…」

「ん?あ!メールちゃんと届きましたか?緊張しますね、メールって」

「…………あー…あれは…一体どう言う意味なんだい?」

「え?どう言う…いえ!特に深い意味はありませんよ?」

「………一文字だけだったが…わざとかい?」

「へ?あ、はい!何でもいいと言っていたので!」

「はぁ……………あのよい、」

新たに判明した名字はさて置き、あの不可解なメールを問わずにはいられなかった。

その問いに褒めてくれと云わんばかりに胸を張り、期待に満ちた瞳で感想を求める様に見詰めてくる#name#に、あれは本気の一文字だったのかと愕然とする。

その様子にどうしたものかと迷ったが、オブラートに包むよりここは直球に伝えた方が絶対に正解だと口を開き、些細な事でいいのだと、今日あった出来事や俺に伝えたい言葉なんかをメールしてくれると嬉しいと、そう首を傾げる#name#に優しく言葉を投げ掛けた。

こんな説明をするのは初めてだったが知らないのなら教えてやるしかない。取り敢えず、一文字だけ送るのは間違っている事だけはしっかりと伝えれば、酷くショックな顔のままごめんなさいと何度も謝り次は頑張りますと再び戻った笑顔にホッと胸を撫で下ろす。

彼女にはまだまだ教える事がたくさんありそうだと感じながら、それでも楽しいやり取りには違いないと次に送られてくるメールを期待せずにはいられない。


そして今日もなにかと忙しい店内で、夕方#name#にもらった上機嫌な心をばっさりとある男に叩き落とされる出来事に遭遇する。

恐らく新規の客なその男は何を言う訳でもなく睨み付けるように俺を見詰め、カルピスと魚料理をひたすら平らげた後、帰り際に紙袋を押し付けてきた。

不可解なその行動に怪訝な表情を向ければ、意外にも丁寧な口調で料理を褒めてくるものだから思わずそれを受け取ってしまう。

何者なんだと勘ぐっている間に横から現れたエースに素早く紙袋を取られ、中身を確かめた途端無言で袋を手元に返してくるその行動に更に疑問を浮かべながら自らも中身を伺えば、やはりあいつは喧嘩を売っていたのかと決定付ける代物に内心煮えたぎる苛立ちを覚えた。

それでも表に出す訳にいかないと、震える内情を#name#のメールだけを楽しみに耐えること数時間。

最終オーダーを取り終え伝票を纏める俺の頭は、癒してくれと云わんばかりに#name#を求めていた。

しかしだ。

逸る気持ちのまま手にした携帯には、期待した愛の言葉もお疲れ様なんて労いの言葉も全く無い、到底恋人に送る様な内容ではないと断じて言える、まるでスケジュールの様に箇条書きで綴られた今日の出来事がびっしりと埋め尽くされているだけだった。
そんな的外れな彼女に言わずにはいられないーーー

「#name#………これも違うよい」

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