愛した彼女は不透明 | ナノ

07 認めた想い



「なぁマルコ、なんかいい事でもあったのか?」

「あ?ねぇよい」

「へぇー。にしてはニタニタニタニタ気持ち悪ぃ顔してんぞ」

「…失礼なやつだよい」

自分では普段通りに過ごしていたつもりが、知らぬ間に滲み出ていたのか緩む口元をすかさず同僚に見破られた。

何もないのだとその場を凌いだはいいものの#name#が来れば避けては通れぬ茶化しを想像し思わず顔が歪んだが、店へ誘ったのも言い出したのも自分であって#name#を紹介する事に至っては何も問題などないと腹をくくる事にした。

しかし恋人でもなく友達とも云い難い彼女をなんと紹介すればいいのか、今日の俺の頭は#name#ばかりだなと、なんともいえない笑みが漏れ出すのはもう仕方がない。

そうして何かと込み合う週末営業の最中、遠慮気味に店へと顔を出した#name#を捉えた俺は案内役のエースを押し退けカウンターの一番奥、一人でも退屈しないよう配慮し魚達が泳ぐ生け簀の前へと座らせた。

「いい子にしてたかい?」

「はい!いい子にしてました」

「クク、そうかい。何食いたい?」

「あ、じゃぁ…お魚をっつ!!」

「だれだれだれ?マルコ誰?仲睦まじくお話しちゃってこんちきしょう紹介しろよこのパイン」

「……。乗り出し過ぎだよい。ビビってんじゃねぇかい…あー、料理長のサッチだ」

「あ、はぁ…こ、こんばんは#name#です」

「こんばんは!#name#ちゃんな?よろしく」

「っつ!?は、はい…」

「近ぇよい」

突然生け簀の間から湧いて出たサッチに驚いたのか、#name#は文字通りピシッと固まりたどたどしく挨拶を交わしていた。

そんな様子に大丈夫だと声を掛けながら適当に今日のお勧め料理を頼み、ずっと#name#の傍に居るわけにもいかない俺はカウンター越の作業が多いサッチに気に掛けてやってくれと目配せをし仕事に戻った。

話題豊富なサッチなら#name#も退屈しないだろうと心配はしていなかったが、やはり気にならない訳もなく常に視界の隅に姿を捉えたまま業務をこなしていると、いつまで経ってもたどたどしさが抜けない#name#にふと違和感が込み上げてくる。

彼女はあんなに人見知りをする方だっただろうか?少なくとも俺の知る限りでは何の疑いもせず初対面の俺にアホみたいな笑顔を撒き散らしていた筈だ。

到底人見知りをする様には思えない印象だったが、#name#が来てから一時間以上経った今でさえ顔は強張ったまま、いつもブンブン振り回している尻尾はまるで警戒している犬がするように足の間に巻き込んで怯えた眼差しを向け接していた。

サッチが取り分け苦手なのかとも思ったがどうやらそうではないらしい。
俺繋がりの女と皆に知れ渡っている今、従業員皆何かしら声を掛けていたがどいつにも同じ対応だった。

それでいて俺が話掛ければ縮こまっていた尻尾はみるみる顔を出し嬉しそうに振られている。その様子は俺だけに懐き心を許しているとしか云いようがなく、苦笑いを漏らす皆に合わし肩を竦めはしたが、内心は優越感が込み上げ思わず上がる口角を堪えるのに苦労した。

そんな調子で漸く迎えた閉店時間。#name#が居た所為か今日は普段とは違う空気が店中に流れ身体の奥がずっとむず痒い感覚に襲われていた。それでもこの緩む口元が物語っているように悪い気など全く感じず寧ろ時間が早く進んだような気さえしている。

たまにはこんな日も悪くないなと再び緩んだ口元を結び直し、閉店作業の邪魔になるだろう#name#を裏へ連れていこうとカウンターへ目線を向ければ、どこから湧いて出たのかそこは見慣れた後ろ姿で埋め尽くされていた。

「なぁ、マルコの彼女さん?」

「待ってるって事は一緒に帰るのか?」

「なんか何処かで見た事あんだよな…何処だったけ?」

「おいっ!お前ら閉店作業が先だろい!さっさと手を動かせよい」

「いいじゃねぇか明日は休みなんだしよぉ、で?どうなの?今日はマルコん家にお泊まりか?」

「ぁ…はい。今日もお泊まりさせていただきます」

「今日「も」かよ!?もっつったぞもって!!」

「「「キャーマルコの変態ー!!!」」」

「うるせぇよいっ!!#name#こっちこい」


俺との間柄を詮索する皆を他所にエースだけはさてはてと首を傾げている姿が目に入り、要らぬ事を思い出されあれこれ説明するのを面倒だと感じた俺はすかさず人だかりを一喝したが、要らぬ事を口走ったのは予想外に#name#の方だった。

どっと余計な疲れが押し寄せる中普段事務処理をする部屋に#name#を押し込めば、まさに叱られる子供の様に怯えた瞳がこちらを見上げている。

「ククッ、んな顔すんなよい、怒っちゃいねぇよい」

「は、はい」

「悪いな、あれでも皆いい奴等なんだ」

「はい」

「だから…んな顔すんなよい」

「わわっ」

そんないつまでも不安気な瞳の#name#を気付けば胸に閉じ込めていた。

突然の抱擁に下からくぐもった声て何か言っていた#name#は、更に強く抱き締めた途端諦めたのか落ち着いたのか、まるで寂しかったと謂わんばかりに胸に顔を埋め離れまいとしっかり抱き着いてくる。

その様子が堪らなく可愛くて、愛しくて、出掛けに感じたあのおぼろげだった気配がゆっくりとその存在を胸に刻み込んでいくのを感じながら、この久々に味わう制御不能な感情を認めた俺はさてどうしたものかと浅い溜息を漏らさずにはいられなかった。

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