短編or番外編 | ナノ


妥協から始まる恋物語 4


戦意喪失とばかりに立ち尽くす私に、「腹が減ったのかい?すぐ用意するよい」と、壮大な検討違いをしたまま慌ててキッチンへと消えていった室長を見送った途端、胸を締め付けられるような苦しさがじわじわと込み上げ、思わず襟元をギュッと握り締めた。

あの隈は、間違いなく寝不足からくるもの。その名の通り睡眠が足りていないという事で、彼はろくに寝ていないという事になる。

寝ていない?寝ていない……。めい一杯記憶を掘り起こす。熱で魘されていた時は記憶が曖昧としても、意識のあった昨夜を思い浮かべ、ゾッとした。

私が寝付くまで傍らに居たのは覚えている。逆に緊張してなかなか眠れなかったのは置いといて、確か夜中も、少しでも身じろげば、彼は直ぐ様駆け付けてきて私を驚かせた。

そんな僅かな気配を察知できるのは、やはり寝ていなかったのだろう。しかもここに居る四日間は、確実に。

それに、一体どこで寝ろというのだろうか。一緒に寝た記憶はないし、私がベットで寝ているのだから、他に寝れるとすればソファーくらいしか思い付かないけど、明らかに室長の寝れるサイズじゃなければ毛布さえない。

部屋の中とはいえ、気温はかなり低かった。つまり寒い。
そんな環境で何日も眠らず看病をして、おまけに家事までこなし、仕事に行って。それは出来上がる筈だ。あの顔が。

それから、私の知る限り彼はそんなに暇じゃない。現在時刻は午後七時過ぎ。定時は五時だけど、管理職の彼はいつも遅くまで、少なくとも他の社員を置いて帰った所を見た事がない。つまり、この時間帯に帰宅出来るなんて、不可能に近い。

他人に仕事を押し付けたり、ましては手抜きなんて絶対しないだろう、そんな印象が強くある人だ。余程無理をしてこの場に来ているかなんて、考えなくても容易に想像出来て、胸の痛みが倍増した。


「#name#?もう粥も飽きただろうからパスタなんてどうだい?」

「わ、私がします!室長は座っててください!」

「なんでだよい、#name#はまだ」

「私がやります!パスタですね……あ、塩入れました?ソースは」

「#name#?俺がやるから向こうで座ってろよい」

「…………………………隈が」

「くま?」

「っ、いいからっ!私がするんで向こうで座ってて下さい!!」

「お、おう」


結局私は、鬼にはなれなかった。
今この現状で、彼を追い出すなんて絶対に出来ないと、良心がチクチクと痛みを訴える。

鍋の中で踊るパスタ麺を眺めながら、どうしようもなく揺れる内情に溜息を吐いた。

言わなければ始まらない。早ければ早い程いいって、さっき散々考えた筈なのに。

でも、今、言わなければいけない事なのか?気のある素振りを見せなければ、今じゃなくてもいいのでは?

せめて、あの疲れ切った表情と、隈が消えるまで―――

「はい、出来ました」

「すまねぇよい……、まだ調子良くねぇのに」

「もう全然平気です。それより……室長の方が、酷いですよ?その隈」

「隈?あぁ……平気だよい。それより美味いな、#name#の手料理」

「ありがとうございます……、って、そうじゃなくて……っ」

向けられた顔があまりにも笑顔で、その健気すぎるな態度を前に、思わず否定しかけた言葉を飲み込んでしまった。

なんて良い人……違う、お人好しだ。でもこの優しさに甘え流されてはいけない。取り敢えず、その疲れ顔をどうにかしてもらわなければ、後ろめたさから話なんて出来たもんじゃない。

「食べたらすぐお風呂入って寝てくださいね」

「ん?」

「ん?じゃないですよ、そんな隈作って」

「平気だよい。それに#name#より先になんて寝れねぇよい」

「じゃぁ私も一緒に寝ます」

「っ?一緒に寝ますって……」

「ほら、早く食べてください!次はお風呂!」

「#name#……?わかったよい」

主導権を握った会話は、自分でも驚くほどスラスラと言葉を生み出し、あの悶々とした感情が嘘みたいに感じられなかった。

そんな急変した私を不思議で堪らないといった面持ちで見つめながらも、困ったような溜息と共に立ち上がった彼の口元は少し緩んでいて、その表情を捉えた瞬間、自分の言動にハッとする。

『一緒に寝ます』何も考えずそう口にしてしまった。

とにかく寝かせればどうにかなるだろうと、そればかり考えすっかり忘れていた。家には客用の寝具なんてない事を。

となれば必然的にベットで一緒にという事で、そしてあの薄っすらニヤけた顔から連想してしまうのは、大変よろしくない展開だったりする。


「#name#、上がったよい。#name#も入るだろい?」

「あ、私は……室長が寝た後入るんで、先に寝ててください」

「何言ってんだい、さっき言ったろい?#name#より先には寝れねえって」

「ぁ……言ってました、ね」

「入ってこいよい。ほら、着替え」

「ぅ……はい」

すっかり忘れていた。その流れからこの現状が出来上がったのだ。陳腐な足掻きは彼には通用しなかった。

そんな歯切れの悪い言葉を繋ぐ私の心中などお構いなしに、何を考えているのか嬉しそうに目を細め、ご丁寧に着替えまで用意してくれた世話好きに胸の内で溜息を吐き、いそいそと風呂場へと向かった。

熱目のシャワーをまるで滝行の様に浴びながら、自ら犯した失態を悔やみ項垂れてしまう。

やってしまった。思わせ振りな態度だけは避けようとしていたのに。自分の行動全てが裏目にばかり出てしまう。

そうしてモタモタと身体を拭き、髪を乾かし、いつもの倍以上掛けて基礎化粧品を肌に馴染ませた。

小一時間、掛かったと思う。あまりの遅さに、もしかしたらソファー辺りでウトウトとしているかもしれない。いや、もう寝ていればいいのにと、そんな願望を胸にリビングへと繋がる扉を開ければ、希望叶わず。待ってましたと言うように彼が立ち上がった。

「遅いから心配したよい」

「あ……すみません」

「ちゃんと髪、乾かしたかい?歯は?磨いたかよい?」

「え?あぁ……はい」

「そうかい……じゃぁ、寝るかよい?」

「っ……です……ね」

母親かと突っ込みたくなる衝動は、少し照れたように続く言葉によって飲み込まれた。

何故照れる。やはり私の言葉をそういう意味で捉えてしまったのだろうか。しかしそれを掘り下げて否定するのも、逆にこちらが恥ずかしい。

「枕の高さ…これで大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫だよい」

「じゃぁ……おやすみなさい」

「…………おやすみ」

枕代わりにと、クッションにタオルを敷いてやり、妙に緊張しながら布団の中へと潜り込んだ。

予想はしていたものの、セミダブルのベットはやはりがたいのいい彼と眠るには狭すぎて、気を抜けばすぐに腕や足が触れ合ってしまう。

どうすれば快適に眠れるか。腕枕でもしてもらって引っ付いて寝れば、文句ナシの快適な広さなんだけど、それは無理なお話だ。じゃぁこれはどうだろう?お互い背を向け端に寄る。いや、ダメだ。それでは真ん中にポッカリと空洞ができてしまい、非常に寒い。

そんな訳のわからぬお題に頭を捻らせていると、ガタンと上階から物音が響いた。その音に、バカみたいに意識し過ぎな思考を巡らせている自分が、急に馬鹿馬鹿しく思えてくる。

ちらりと隣を窺えば、目を閉じ微動だにしない室長の姿。寝てしまったのだろう。彼が寝不足だった事をすっかり忘れていた。

全くもって無意味だった気苦労に苦笑いがでた。こんなすぐに寝てしまうなら、意味あり気にニヤケないで欲しかったなと、心の中で愚痴を零す。

そうして安心と拍子抜けしたような溜息をこっそりと漏らし、すっと身体の力を抜いて目を閉じた瞬間、まるで見計らったように名前を呼ばれ、心臓が飛び出すくらい驚いてしまった。不意打ちにも程がある。







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