短編or番外編 | ナノ
08 バナナは意気地無し
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"三日後に返事をー"
そんな捨て台詞に何を言っているんだと呆れを通り越した感情でポスリとクッションに顔を埋める。
新店舗への引き抜きは大いに結構、興味もあるし帰りの心配もいらない。それにバナナのお手並みも拝見してみたい気持ちもある。しかしだ。昨夜の返事も共に求めるあの言い草はどうしたものかと頭を抱えた。
今までバナナと接してきたこの数ヶ月。一度足りともそんな艶めかしい素振りをされた覚えはない。
これは決して私が鈍いだのそういう事でもなく、ただ単にバナナの徹底振りが成した業だろう。
その徹底振りは当然のように私とバナナの間に越えてはいけない一線を引いたわけで、そんな線を目の前に、今さら恋愛云々な感情をいきなし求められても正直無理という話だ。
しかし何故突然カミングアウトをしたのか。確かに切っ掛け風味な言動を口にしたのは私だけれど、あれは果たしてキチンと返事を返さなくてはいけない告白と見なしていいものなのか――
「あ、もしもしバナナ?」
「…なんだよい、さっき別れたばっかだっていうのに」
「だって話の途中だったじゃない」
「…だからなんだよい?」
「あのさ、返事って…、告白の返事もだよね?」
「っ…、お、おう」
「だよね。じゃぁ今から三分以内に家に来てもう一回言い直して」
「は?何言ってんだよい」
「んじぁね、切ったと同時にカウント開始だから」
「お、おいっ」
思い立ったら即行動。あやふやなバナナにケジメを着けさせようと携帯片手に無茶振りを投げ掛け、今度は此方が言い逃げ御免を喰らわせてやった。
そんなおもむろに切った受話器越からバナナの焦った顔が目に浮かび、してやったりと思わず笑いが込み上げる。
あんなでも奴も男だ。もし仮にあれが彼なりの精一杯だとしても、ぶつけられた相手は些か信憑性にかける感情を抱いてしまっても仕方がない。
やはり男らしく決めてもらわないと腑に落ちないというものだ。
「お、ほぼジャスト」
「ハァハァ…てめぇ…」
「ふふ、まぁ…上がって?飲み物くらいだすし?」
「…はぁ、チッ」
玄関先で肩を大きく揺らし呼吸を整えながらも、額から滴り落ちる水滴にどんだけ必死なんだと再び込み上げた笑いを堪え室内へ促した。
いつになく苛立ち混じりな面持ちでリビングに向かうバナナにタオルを投げ付けながら、冷蔵庫を覗けばなんとも乏しい顔触れに我ながらげんなりと溜息が漏れる。
「あー、ごめんコーラとビールしかないや」
「あ?ったく、…じゃぁビール」
「ビール?酒の力を借りる訳ね」
「…、いいから早く寄越せよい」
「ふふ、はいはい。ってか何その汗っつ!!」
「おー、悪ぃ」
「……」
鋭く威圧的な眼差しを向けながらビールの缶を奪い取ったバナナは、手渡した途端すかさずプルトップに手を掛け勢いよく私目掛けて液体を飛ばしてきた。
運悪く目に入った地味な痛みに苦戦しながらも、狙ったような所業に何の嫌がらせかと内心悪吐く。
「目、痛いし」
「あ、悪ぃ」
「…ほら、愛の告白は?」
「な、……伝わってんならいいじゃねぇかい」
「十の内、二ね!あんなんじゃ残りの八は埋まんないよ」
「……」
「別に言いたくないならいいよ?その代わり返事はしないからね」
「っ、お前はよい…」
地味な痛さが続く中さっさと本題を促せば、見るからに居心地悪そうな態度で目を逸らすバナナに仕返しとばかりに追い討ちを掛ける。
そんなバナナは頭からタオルを被ったまま、もごもごと音を発っさず口を動かすばかりで一向に埒があかない。
「もう!女々しいな。こっちだって戸惑ってんだよ?いきなり…過ぎるし」
「言うつもりは…なかったんだい」
「は?」
「っ、お前ぇが…悪い」
「でた。何それ。じゃぁ話変わるけど、告白の返事がノーでも新店舗には行っていいの?」
「っ…お前ぇが来たいなら…いいよい」
「そ。じゃ行く」
「軽っ、軽すぎるよい!そんかし来るからにはキチンとしろよい」
「告白もまともに言えない奴に言われたくない」
「クッ…とんだ性格ブスだよい」
「あ?」
結局男を見せなかったバナナは、いつも通りの暴言振りを炸裂しながら次々と冷蔵庫を空にしていった。
その様子にしっかり頭の中で請求書を描きながら、突然消えた境界線に一歩足を踏み入れてもいいかもしれないと、そんな事を思い始めている自分がいた。
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